もし、あの人がいなかったら今とは違う自分がここにあったのだろう。
でもオレはあの人に出会わない人生を何より恐れる。
あの人がいたから、世界が美しいということを知ることができた。


あの日、確かに世界は輝いていた。



きらきらひかる




父親が死んだとき壊れてしまったオレの心をやさしく包み込んでくれた。
砕けて散った心のかけらを見つけて、そっと拾い上げてくれた。
ただただ、そばにいてくれた。



『ほら、カカシ…見て。里が夕日に照らされて赤く包まれているよ』
(カカシ、見てみなさい。里が夕焼けに染まっている)

『あの星の名前、知ってる?北極星っていうんだよ。常に北の空に輝いて導いてくれる星』
(あの星は、北極星というんだ。常に北の空に輝いている。道に迷ったらあの星を見つけなさい。きっとおまえを導いてくれる)


『よくがんばったね。たくさん修行したんでしょ』
(日々精進しなさい。ほめられるために修行をするのではないが、がんばればがんばった分だけをそれを認めてくれる人がきっといる)


さりげない言葉の端々に父を思い出した。
忘れていたようなさりげない日常のひとコマだったり、大切なことを教えてくれたときだったり。

父を尊敬していた。
父が大好きだった。
その死を、受け入れたくなかった。

冷たくなった身体を、赤い血溜まりを、部屋にこもっていた鉄のにおいを、覚えているのに。
あの光景は一生忘れられない。
それでも、その死を受け入れたくなかった。受け入れられなくて、でもオレはあの光景を見てしまって。
心が、引き裂かれそうだった。


だから、心が引き裂かれないように心を封じたらある日破裂して、粉々に砕けてしまった。
散ってしまった心を丁寧に拾い集めて抱きしめてくれたあの人。
あなたがいなかったら、オレは心をなくしたまま生き続けることすら放棄していたかもしれない。


心を、くれた。
光を、教えてくれた。
道を、示してくれた。


『カカシ、おいで』


明るい場所であの人の胸に縋って幼子のように泣きじゃくった。


父をあざけった人々に対する怒り。
父を罵倒した人々に向ける憎しみ。

父を失った痛み。
父においていかれた悲しみ。

オレは、父をこの世にとどめておくことはできなかった。
愛されていたことを知っている。
大切にされていたことを知っている。
男が一人で子どもを育てるのはどれほど大変だっただろうか。
大きな手で大切に慈しんでくれたことを覚えている。
大好きな父。
オレは父をこの世にとどめておく楔になれなかった自分を憎んだ。


すべてを吐き出すかのように、叩きつけるかのように、オレは激しく泣いた。
自分でも感情が制御できずに、物心ついて以来はじめてオレは泣きじゃくった。
オレが泣きつかれて倒れるように眠ってしまうまで、あの人はオレを抱きしめてくれていた。
意識がなくなる瞬間、オレはひどくやさしい声を聞いた。


『おやすみ、カカシ。よい夢を――』


そして父が亡くなってから初めて、オレはぐっすりと眠ったのだった。





あの人は、辛いとき苦しいとき悲しいときいつだってそばにいてくれた。
それだけで、あの人の優しさが降ってくるようだった。






『ほら、見てごらん』


『この場所が一番きれいに里を見下ろせるんだ。きれいだろう?あの家の一軒一軒に“家庭”があるんだよ。オレたちの家は…あの辺かな。アカデミーはあれだね。あそこは…慰霊碑、かな』


『ねえ、カカシ』


『木ノ葉の里は、美しいだろう?』


『この光景を、覚えておいで』


『この里に住む人たちすべてがいい人だとは言えないし彼らの心無い中傷にサクモさんは傷つけられたし君も傷ついただろう』


『でも、それだけじゃないことを君は知っているだろう?』


『この里に住む人たちの暖かさや優しさも、君は知っているだろう?』


『この世界が完璧に美しいはずなんてないんだ。いろんな悪意もこの里には渦巻いている』


『でも、見てごらん』


『美しいだろう?』


『どんな負の感情を含んでいても依然としてこの里は美しくあり続けることができるのは、この里を愛する人たちが多くいるからだとオレは思うよ』


『ねえ、カカシ』


『この光景を覚えておいで。この里の美しさを覚えておいで。この里を守りたいと思える日がきっと来るから』


『この美しさを守りたいと思える日がきっと来るから』


『だから、覚えておいで』



そう言って、その人は笑った。
眼下に広がる美しい光景よりも尚美しい笑顔だった。
そうして、キレイに笑うその人は最後までキレイに笑って死んでしまった。
その命と引き換えに、この里を守って。






「先生…」

慰霊碑の前に立つのは既に日課になっている。
「今日は、伝えたいことがあって来ました」
言わなくても、きっとこの人は知っているのだろうけど。
オレ自身よりもオレの気持ちをよく知っている人だったから。


「オレは、あの日から…ずっと、この里を美しいと思えなくなってました」


「この里に住む何万の人よりも、たった一人のあなたのほうがオレにとっては大切だったから」


「だから、この…あなたの愛した里を憎んですらいました」


「でも…」


「今日、ナルトを見てきました」


「ちょっと見ないうちに、だいぶ大きくなってて…」


「これからももっと大きくなるんだろうな、って思ったら」


「ナルトが育っていく、この里が愛しくなってきました」


「あなたを育てた、この里が愛しくなりました」


「あなたがいたころほど鮮やかではないけれど」


「それでも、今は、この里を美しいともう一度思うことができました」



いつかまた、あのころのようにこの里を美しいと思える日が来るのだとしたら。
そのとき、オレはまた笑うのだろう。
泣きたいような気持ちで、笑うのだろう。




いつかきっとくるだろうその日を思って、今はまだ泣きたいほどに悲しい心を押し殺して。

オレは、笑った。








今はまだ、心から笑えなくても






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