ある日を境に甘い香りをあたりに漂わせるオレンジ色の小さな花が、秋の花では一番好き。
だって、嬉しい気持ちにさせてくれるから。
彼岸花
「ねえ、いいにおいでしょ?」
「…甘い」
そう言って幼馴染は顔をしかめた。
「そこがいいところじゃないの。あたし、秋の花の中では金木犀が一番好きよ。匂いだけじゃなくて、花も小さなオレンジ色ですっごくかわいいじゃない」
「そんなもんかねぇ…」
せっかくの休みの日だというのに放っておくと一日中部屋に閉じこもっていそうな幼馴染を無理やり散歩に連れ出して、今は里の中心から外れた森のような場所に来ていた。森にはいると、シカマルは躊躇いなく大きな木の下に向かい、くぼみに身体を沿わせるようにしてゴロンと横になったのだ。
呆れてため息をつくと同時に、どこか安心したのも本当だった。
「ねえ」
「あー?」
声をかけると、シカマルは眼を閉じたまま気だるげに返事をした。
「あんたは、どうなの」
「何が」
「秋の花で一番すきなのは、何?」
うっすらと目を開いて、木の枝の間から見える曇り空をにらんで少し考えてから、シカマルはぼそりと言った。
「彼岸花」
「は?」
「白じゃなくて、赤いやつがいい。赤い、彼岸花」
それだけ言うとシカマルは再び眼を閉じてすうと寝入ってしまった。
「彼岸花?」
呟いても、この幼馴染は何も返してくれない。
本当に寝ているのか、眼を閉じているだけなのか。
あたしにはわからない。
シカマルが何を考えているのか、昔からわからない。
その上、アスマ先生が死んでからシカマルはかわってしまったから。
「此岸には…花はないの?」
返事は、なかった。
「おまえ、バカか?」
昼寝から目覚めたシカマルの第一声は、それだった。
「な、なによ、それ!あんた、どんな夢見たのよ!!」
憤然として抗議すると、あきれ果てた顔を隠そうともせずに起き上がったシカマルがもう一度言う。
「バカか?」
「…」
思い切りにらみつけてやると、ため息をつきながらシカマルは言った。
「どうして、彼岸花がスキだって言っただけで深刻そうに考えるんだよ」
「…だって、不吉な花だし」
アスマ先生が死んでから、笑うことが少なくなった大切な幼馴染。
以前にも増して様々なことに執着を持たないようになったと思うのはあたしだけではない。
そして、そんなシカマルを支えたいと、守りたいと、願うのもあたしだけではない。
シカマルが好きなのは今でもアスマ先生だってわかっていても、諦めきれない思いがある。
二人が正確にはどんな関係だったのか、あたしは知らないけれど。
でも、少なくともシカマルの一番はアスマ先生だったし、アスマ先生にとってもシカマルは特別だった。
「不吉、ねぇ…」
おそらく、こちらの懸念をわかった上で、シカマルは言っているのだ。
意地が悪いのではなく、わかってはいるけれども理解はできない、といったところだろう。
この幼馴染は、時々異世界の人ではないかと疑いたくなるほどにこうした心の機微に疎い。
「死人花、剃刀花、幽霊花…、ああ、地獄花なんて呼び名もあったか?そういや、毒もあったっけな」
確認するように呟く声を聞きながら、顔には出さずに感心する。
花屋の娘よりも詳しい、だなんてシカマルの知識には恐れ入る。
まあ、彼岸花は花屋では扱わない花だけれど。
「死人花って…どうして、そんなのがすきなの」
死んだ人を思い続けるのがどんなことなのか、わからなかった。
あたしもアスマ先生のことは大好きだった。
だから、死んだときに今まで生きてきた中で一番だといえるほどのショックを受けた。
でも、その悲しみに溺れる以上に笑わなくなった幼馴染が心配だった。
復讐をして、気持ちの整理をつけて、少しずつ以前のように笑うようにはなってきたけれど、どこか遠かった。
薄布を隔てた向こうで笑っているような、そんなもどかしさを常に感じていた。
「毒もあるし、もって帰ったら火事になるって言うし…不吉なばかりの花じゃないの。あたしは…嫌いよ」
「バーカ」
シカマルがまた言った。
薄く微笑みながら。
「毒を抜けば、食えるんだよ。だから、戦時にはそれなりに重宝されてたらしいぜ。ま、うまく抜けてなかったり食いすぎたりすると中毒になるけどな。でも、食料の乏しい時代には大事な食料元でもあったんだ。そうでなかったとしても、農村ではわざわざ植えたりするんだぜ?鼠や土竜が毒を嫌がって近づかなくなるからな。結局、毒だって使いようによっては役に立つんだ。人を殺すのも生かすのも、結局は人でしかない。毒は、たんなる道具。火事云々なんてのは単なる迷信だろ?」
淡々と言ってから、ニヤリと笑った。
「それに、仮に不吉なばかりの花だったとしても、そんなことは関係ねーよ。ただ、あの赤い色とシルエットが好きなんだ」
赤くてきれいな毒の花。
不吉なイメージばかりが先立って、あたしはこの花をきれいだとも好きだとも思えない。
「来年は…アスマの墓にでも植えるか」
そう呟いて立ち上がり、シカマルは振り返りもせずにさっさと歩き出してしまった。
慌ててそれを追いかけながら、心の中で呟いた。
(やっぱり…あたし、彼岸花は嫌いだわ)
今日、ますます嫌いになった。
だって、いつかあたしの大切な幼馴染を此岸からさらっていってしまいそうだから。
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