彼岸花が好きだといったら、幼馴染は暗い顔をした。
曼珠沙華
(なんで、あんなに嫌がるんだか)
真っ直ぐに伸びた茎。
奔放に広がる真っ赤な花弁。
とても美しいじゃないか。
不吉な花だなんて思ったことは、一度もない。
(まあ、原因はわかってるけど)
アスマが死んでから、死を思わせるワードはタブーになった。
というか、オレがそういう意味合いの言葉を口にするといのもチョウジも過敏なほどに反応する。
(そんなに危ないか?オレ)
あれを境に何かが変わった、という自覚はある。
喜びも悲しみも、どこか遠い。
それに不便はない。
困るとも思わないし、感情を必要なものであるとも考えられなくなった自分もいる。
物に対する執着ももともと希薄であったのが、さらに薄れてきていて、本当に最低限のものしか置いていないこの部屋すらわずらわしく思える。
がらんとした部屋の隅に、アスマの部屋にあった将棋セットがおかれている。
形見分け、ということでもらったのだ。
いらないと言ったけれど押し切られた。
まあ、これが誰か他の人の手に渡ったり捨てられたりするのはあまりいい気分でないことも確かなので、諦めて部屋においている。
うっすらとほこりをかぶったそれを使う日は、二度と来ないかもしれないけれど。
それ以外には必要最低限のものしかおいていない非常に殺風景な部屋だった。
いのやチョウジはそれにすら危うさを感じているようだけど、生憎とアスマの後を追うつもりはない。
でも、とりたてて生きていたいという要求もない。
ただ、オレが死んだら泣くヤツラを知っているから、自分からは死なない。
「死にたいわけじゃ…ねえんだけどな」
多分、彼らはそこのところをわかっていないのだ。
「死人花、か」
ベッドの上に横たえていた身体を起こして窓から外を見る。
赤い花がいくつか見えた。
がらりと窓を開けると、金木犀の甘い香りが部屋に飛び込んでくる。
いのが好きだといったこの匂いを、オレはあまり好きでなかった。
甘すぎて、妙に残る。
無視できないまとわりつく匂い。
いのに似てるかもしれない。
わがままで自分勝手なくせにオレが戸惑うほどにこっちを気遣ってくれる。
昔から、そうだった。
幼馴染とはいえうるさい女は嫌いなのに、妙に無視できない。
放っておけない。
惚れているのかとたずねられれば首を傾げざるをえないけれど、好きか嫌いかで問われれば間違いなく好きだと言える。
微妙な距離にいる女。
彼女が好きだと言ったこの花をオレは好きではないが、彼女が嫌いだと言ったあの花をオレはとても好きだった。
「こーんなにキレイなのに」
真っ直ぐに咲く花はこんなにも美しい。
「曼珠沙華」
天上の花。
きっと、この呼称をいのは知らないのだ。
恋をしていたわけではなかった。
強烈に惹かれる何かがあったのは確かだったが、それは恋ではなかった。
キスをしたいとかセックスをしたいとか、そういう要求はなかった。
あの男が誰のことを好きだろうが、誰と付き合おうが、かまわなかった。
あの男の何がこんなにオレを惹きつけたのか知らない。
未だにわからないということは、きっとこの先もわからないだろう。
ただ、一緒にいる時間が大切だった。
紅サンと付き合っていようが、アスマがオレのための時間をくれたのが嬉しかった。
だから、別になんとも思わなかった。
オレはオレで、付き合っていた女がいたこともあるし。
二人の時間を邪魔されないのなら、本当に、それだけでよかったのだ。
一緒にいられるのが、ただただ嬉しかったのだ。
(なーんて…こんな考え方だから誤解されるのか?)
あの男以外の誰かではこんなにも強く求めなかっただろうが、誰であろうと程度の差こそあれそういう存在がいるものだろう。
だって、誰一人として誰かの代わりにはなれないのだ。
たとえオレにとっては同じであろうと、別の誰かにとってその人は唯一の人であるのだから。
アスマの代わりなんてどこにもいないのと同じように、チョウジの代わりだって、いのの代わりだってこの世にはいない。
寂しいと言えばそばにいてくれるやつらに心当たりはあるけれど、そんなものでは意味がないのだ。
アスマがいない。
それは、どう頑張ろうとも覆ることのない事実なのだから。
「会いてぇな」
でも、あまりアスマの墓に入り浸っていたらまたいろんなヤツラに誤解されるだろうし、紅サンが気にするかもしれない。
それは、困る。
アスマの大事な人を困らせたくはない。
でも、そうだ。
生きていられたら、来年の秋には曼珠沙華を植えよう。
毒のある赤い花がアイツを守ってくれるように。
(いや、待てよ)
それはそれでまずいかもしれない。
(確か――)
あの花の花言葉は。
「…」
また、いらぬ誤解を受けるかもしれない。
「でも、まあ、オレが気にするようなことじゃねぇか」
呟いて、窓を閉めた。
いのは誤解している。
チョウジはなんとなくわかっているようだが、それでも本当の意味ではわかっていないのだろう。
オレはアスマに恋をしていなかった。
愛してるとか好きだとか、そういう関係ではなかったのだ。
でも、それを説明するのは面倒だし彼らにはきっと理解できない関係でもあるのだと思う。
だから、彼らが誤解しているのならそれはそれでいいと思う。
言葉にあらわすのは難しい感情ではあるけれど、愛していたかと問われればうなずくしかないし好きだったのかと言われれば躊躇いなくそうだとこたえるだろう。
ただ、一言で愛といっても、色々な意味があるということを彼らは失念しているのではないだろうか。
それを指摘するつもりはない。
オレがアスマに対して強く執着していることは確かだし、それは傍から見れば確かに愛であり恋であり、独占欲であるのだろうから。
カーテンを閉める前に窓越しにもう一度真っ直ぐに咲く赤い花を見た。
(…まあ、いいか)
他人がどう思おうと、関係ない。
「来年には彼岸花を植えてやるよ、アスマ」
悲しい思い出
想うはあなた一人
また会う日を楽しみに
三つの花言葉は、どれもあながち間違ってはいないのだから。
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