彼岸に咲く花、此岸に咲く花、夢の中に咲く花。




相思華




「ああ、彼岸花だねぇ」
任務の帰りに田んぼの畦(あぜ)に咲いた赤い花を見つけて、嬉しくて思わず呟いてしまった。
「お好きですか?」
隣にいたシカマルが赤い花を眺めながら呟くように聞いた。
「うん」
うなずくと、少し嬉しそうにシカマルも言った。
「オレも、好きです。…このあいだ、いのには不吉な花だといわれましたが」
「“天上の花”なのに?」
「きっと、知らないんでしょうね」
「ふぅん」
そういえば、オビトも彼岸花はきらいだったな、と思い出すとおかしくて少し笑うと、シカマルが視線だけで何かと問いかけてきた。
「昔、オレの親友もそう言ってたよ」
「そうですか」
「『持って帰ると火事になるんだぜ!そんな花、どこがいいんだよ』って。でも、火をつけるのはあいつんとこのお家芸なのにね」
「お家芸って…うちは一族の方々に失礼ですよ」
たしなめながらもシカマルも薄く笑っていた。
「ねえ、寄り道していこうか」
返事を待たずに、オレは赤い花の群れに近づいた。
シカマルも何も言わずについてくる。


「これだけたくさんあると、壮観だよね」
「はい」
にこにこと嬉しそうに笑いながらも、カカシさんは花へは手を伸ばさなかった。
オレも、触りたいとは思わなかった。
「こんなにきれいな花なのに、どうしてみんな不吉だって言うのかなー…」
「名前がまずいのでは?」
「じゃあ、リコリスって呼べばいいじゃん。そうすれば、なんかかわいい感じがするし」
「…毒、とか」
「河豚はどうなの、河豚は」
「…なんででしょう」
カミサマとか信じていないくせに、迷信にはやたら惑わされるというのはあまり理解できない。
どう違うのだろう。
結局のところ、目に見えない何かを信じるという点ではそうたいした違いはないと思うのだがそんなことを言ったら怒られてしまうかもしれない。
「不吉どころか…キレイだし、縁起よさそうだし、ロマンティックだし…」
呟くと、シカマルが今度は変な顔をした。
「ロマンティック…ですか?」
「うん」
「花言葉が?」
「違う」
どうやら、同じ彼岸花好きでもこれは理解してもらえなかったらしい。
少しがっかりしながら、でも、と考え直した。
「ねえ、シカマル」
「はい」
「彼岸花って、いろんな別称があるよね」
「そうですね」
「どんなの、知ってる?」
聞くと、シカマルは少し考えたあとにすらすらと答えだした。
「曼珠沙華、死人花、剃刀花、幽霊花、地獄花、狐花…くらいしか」
「くらいって、そんくらい知ってれば十分だけど。うん、でも、やっぱり」
うんうん、とうなずくとシカマルはますます不思議そうな顔になった。
「オレがロマンティックって言ったのは、この花には“相思華”っていう名前があるからだよ」
「そうしか?」
「うん。相思う華、で相思華」
指で宙に字を書くと、納得したようにうなずいた。
「それで、ロマンティックというからには、何か意味が?」
「彼岸花って、花が咲いている間は葉がでないし、葉が出てるときにはもう花はないでしょ?だからね、“花は葉を思い、葉は花を思う”っていう意味で、“相思華”」
そう告げると、シカマルはゆっくりと微笑んだ。
「なるほど」
シカマルが何を考えたのかはわからないけれど、とりあえずその横顔は穏やかだったので満足だった。

「ところで、彼岸花の花言葉って、何?」
「ご存じないんですか?」
「うん」
うなずくと、彼は少し少し微笑んでからゆっくりと口を開いた。
「悲しい思い出」
「うわ…」
「想うはあなた一人」
「…」
「また会う日を楽しみに」
「…」
「この三つですよ。オレが知ってるのは」
シカマルがゆっくりと言い終えてから、オレはしばらくなんと言っていいのかわからなかった。
だって、ねぇ。
「なんていうか…身につまされるものがあるんだけど」
言うと、シカマルも苦笑した。
「オレもです」

もう二度と会えない大切な人。
オレのたった一人の、愛しい人。

あの笑顔を思い出して切なくなる。
「…」
そのまましばらく、無言で歩いた。
延々と続く赤い花の群れは、まだ途切れない。
その中に一本、折れかかった花を見つけた。
「カカシさん?」
訝しそうなシカマルの声を無視してその花に近づき、小さくゴメンねと呟きながらその花を手折った。
「シカマル」
振り返って、少年の黒い髪に赤い花を挿してみた。
「似合うよ」
言うと、いやそうに花を取ろうとしたけどその手を掴んで止めた。
「ダーメ。しばらくそのままにしといてよ」
少しの間オレの目をじっと見ていたけれど、ゆずる気がないのがわかったのか、ため息をついてシカマルはうなずいた。
「わかりました」
嬉しくって「やった」と呟くと、シカマルは不意にオレに背を向けて赤い花の群れに近づいた。
「そのかわりに…」
同じように折れかかっている赤い花を手折って、にやりと笑った。
「イヤだとは言いませんよね?」
結局、オレも髪に赤い花を挿されてしまった。
(絶対、銀に赤よりも黒に赤のほうがキレイなのになぁ)
心の中でつぶやいたけれど、シカマルが満足そうなのでよしとする。

「じゃあ、帰ろうか」
このまま帰ったら綱手様はなんて言うだろう。
想像したらおかしくて、シカマルと顔を見合わせてもう一度笑った。



来年もこの赤い花の群れを見たいなあ、と考えながら。









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