今日は、4月1日。

ようするに、万愚節。
わかりやすくいえば、エープリル‐フール。

その日は、軽い嘘をついて人をかついでも許される日。


今日は、里のいたるところでお互いに騙そうとする小さな攻防が見受けられることでしょう。






Is it true or a lie?







「今日、何の日か知ってるか?」






突然、そう聞かれた。
聞いてきた男の口元には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「エイプリル‐フール、だろう?」

だが、生憎私は今日が何の日なのか、知っている。
そう答えるとがっかりするかと思ったが、ヤツは逆に笑みを深くした。


「そうだ」


「それが、何か?」


突然こんなことを言い出した意図が、つかめなかった。
最初は私をだまそうと思っているのかと思ったが、そのわりには私が今日は何の日かを言い当てても楽しそうにしている。この表情は、何かをたくらんでいる、顔だ。


「いや、別に…」


ニヤリと笑ってから、そう言う。

この顔は、絶対に何かをたくらんでいる。

予想が、確信に変わった。
では、何をたくらんでいるのか?流石に、そこまではわからない。だが、今日はコイツには注意しなくては…。


「それより、花を見に行かないか?」


そんなことを考えていたら、なぜか花見に誘われた。


「花…?今年は、桜が遅い。何か見る花でもあるのか?」


今年は、まだ桜を見ていなかった。例年ならばとっくに咲いている時期だというのに、まだ1本とて咲いている桜を見ていない。あの薄紅色の花弁が散るさまを見たかったのだが、私はもう明日にでも砂にかえらなければならない。今年は木ノ葉の桜を見れないのかと思うと、少し残念だった。


「ああ」

「どんな、花だ?」

コイツがわざわざ誘ってくれるなんて、その先にあるのはどんな花なのだろう。
少なからず、興味を覚えた。

「キレイな花だ。用がないんなら、来いよ」

「なぜ、私を…?」

「誘ったのかって?別に深い理由はねえよ。アンタに見せてやりたい、って思っただけだ」

「…」

「で、くるのか?こないのか?」

躊躇ったのは、一瞬だった。
気がつけば、うなずいていた。

「行く」

この男がキレイだという花が、気になった。



ただ、それだけの理由で、他意はない。




「じゃあ、ついてきてくれ」




















行く先を告げないまま、男は私の前を走っていく。

「で?」

誘っておきながら何も語らない男に焦れて、声をかけた。

「ん?」

が、男はいつものマイペースでこちらの様子など気にしていない。

「どこに行くんだ?そこに何があるんだ?いい加減言ってくれたっていいだろう」
「まあ、気にすんなよ」

埒の明かない男の答えに、思わずキレた。


「気になるから聞いているんだ!」


「あー…面倒くせえな。どこっていうのは、とりあえず木ノ葉の里の中だ。変な場所じゃないから安心しろ。何っていうのは、とりあえず花だ」
「………もうちょっと具体的に教えてほしいんだが」
「あー?…面倒くせえからパス」
「…」


思わず、大きなため息をついてしまった。


こいつといると、時々とても疲れる。
だが、時々とても楽しかったりするので、こうして時々一緒にいる。



まったく、我ながらこりないな、と思う。



「ほら。もうついたぜ。口で言うより自分の目で見たほうがいいだろ」

私の1歩先を走っていた男が、止まって振り返り、笑った。


「見ろよ」


「!」


男が指差したのは、小さな…背の低い、桜の木だった。
満開ではない。8分咲き、といったところだろう。


「桜…?」


背の低い桜の木は、堂々としていて美しかった。


「ああ。キレイだろ?」


笑みを含んだ問いかけに、呆然としながらうなずく。
里のどこにも咲いていなかったというのに、どうしてこの桜は咲いているのだ?1本だけで、人目を避けるかのようにこの場所で。

「ここ、オレのとっておきの場所なんだぜ。知ってるやつは、誰もいない。教えたのも、あんたが初めてだ」

その言葉に男を見ると、悪戯が成功した子供のような表情をしていた。


「なぜ、私に教えた?…私が、里のものではないからか?」
「ああ?ちげーよ。あんた、桜が見たいって言ってただろ。だからだ」
「!」
「あんただったら五月蠅くないし、結構気も会うと思ってる。それに、ここは本当にキレイだから…あんたにも見せたかったんだ」
「なぜ…」


納得がいかなくてさらに聞こうと口を開いたら、右手をとられた。

「え?」

驚い握られた手と前を行く男の背を交互に見るが、そんな私を気にも留めずに男はどんどん先へ行く。
私も、それにつられて男の背についていく。



私よりも大きな手。
任務でクナイを握ることがよくあるからだろうか、ごつごつとしている。が、決して武骨なわけでもない。
そういえば、初めてあったときは私のほうが背も高かった。
いつのまに抜かされてしまったのだったか。



ぼんやりと考えていたら、不意に男が肩越しに振り返った。



「今咲いてる桜はあれ1本しかねえけどよ、花も桜だけじゃねえんだぜ」



そう言ってにや、と笑ってどんどん先へと歩いていく。

いくら私の背を抜こうが、こういうところは私よりも幼い。
ただ、時折妙に大人びた表情を見せるから、そんな時はこの身長差も相俟ってどちらが年上なのかわからなくなりそうになる。
あの大人っぽい表情もキライではないが、こういう幼い表情のほうが気に入ってるのは、だからかもしれない。



「…って、何を考えているんだ。私は」
「なんか言ったか?」
「い、いや、なんでもない」
「?」



不意に、前を歩いていたコイツが立ち止まった。

「…これか?」

つられて立ち止まりながら目の前の景色を見れば、問いかける声もかすれるほどの美しさだった。

「ああ」

どんな賛辞も、この美しさに似つかわしくない気がして、何もいえなかった。

「さっきの桜もあんたに見せたかったんだけどよ、こっちの景色を、どうしても見せたかったんだ」

先ほどとは違う、少し大人びた落ち着いた笑みを、唇の端に浮かべてこちらを見る。

「間に合って、よかった」

白梅も紅梅も、しとやかに。
だが、決して控えめなわけではない。むしろ、お互いを引き立てあって目を惹かれずに入られない。
しかし、決して押し付けがましいのではなく。桜の花のような華美な美しさではなく、楚々とした清楚な美しさ。
枝と枝の隙間の向こうから青空がのぞいている。白い雲とのコントラストも、美しい。

「ほら、梅だけじゃない。こっちも」

その声に振り向けば、そこには満開の桃の花が。

桜や梅よりも濃いピンク色と、こげ茶色の枝との色相が美しい。
いや、美しいというよりも可愛らしいといったほうがぴたりとくる。
こちらも、目を留めずにはいられない。

簡単の吐息でさえ吐くのを謀られるほどの美しい花たち。



この場所は、なんて美しい。



「綺麗だな…」


こんなありきたりの賛辞しか思いつかない自分が悔しいが、それでもこの言葉が一番似合う気がして。




「だろう?絶対、あんたに見せたかったんだ。…あんたと、見たかったんだ」




その言葉に、今更ながらに顔が熱くなった。

「あ、ありが…とう」

礼を言うと、微かに笑った気配がした。
その笑みが妙に気恥ずかしくて、その気恥ずかしさをごまかすため、景色に再び目をやる。

「…梅の花は」

花を見ていたら、男が静かな口調で言葉を紡ぎだした。
何を言うのか気になってそちらを見れば、穏やかな瞳と目が合った。

「春を告げてくれる花だ。桜の花よりも先に、花を開かせて春の訪れを告げてくれる。だから、“春告草”とも、呼ばれる花だ」

落ち着いた声が、耳に心地いい。

「『春の花』ってーと、桜を思い浮かべがちだけど、オレは梅のほうが好きだな。…香りも、いい」

「楚々として可憐な…それでいて、芯が強い。まさに“春告草”の異称に似つかわしい花だな。私も…梅は好きな花のひとつだ」

そう言って、少し微笑むと男も少し微笑った。


「…どうして、私に見せてくれたんだ?この景色を」


気持ちが、安らぐこの景色。
ほかに人はいない。だからといって、排他的なのではなくここにいる私とコイツをやさしく受け入れてくれている。
この場所に、つれてきてくれた理由を知りたかった。


「………」
「おまえにとって、大切な場所なのだろう?」
「大切…確かにそうだな。大切な場所だ」
「ならば、なぜ私に…?」
「何でだと思う?」
「それがわからないから聞いているんだ」
「あんたに見せたかった、っていうのは理由にはならないのか?」
「では、その理由は?」
「それは…」

少し困ったようにこちらを見ていたが、私が退きそうにないと判断したのだろう。ため息をついてから言った。










「好きだからだ」









「…………………は?」

コイツが、なんと言ったのか一瞬わからなかった。








「聞こえなかったか?アンタが、好きだからだって言ったんだ」








「…え…ぁ」


顔が、熱い。
なんと、返せばいいのだろう。
なんて、言えばいいのだろう。

私は、無様にもパニック状態に陥ってしまった。
生まれてこの方、こんなにも混乱したことはない。

「あ…」












「さて、ここで問題です」















何か言わなくちゃいけないと必死に言葉を探していたら、私をこんなに混乱させた張本人が、ニヤリと笑って言った。





「え?」









「今日は、何の日でしょう?」













「あ…」


今日は、エープリル‐フール。


さっき、自分で答えたではないか。


「こっの…」




かつがれたのだ。




「かついだな!」



男の言葉に動揺してしまった自分が情けなくて。

男の言葉に嬉しいと思ってしまった自分が情けなくて。

男の言葉を聞いて喜んでしまった自分が情けなくて。


その情けなさを紛らわせるかのように、男をにらみつける。



「この野郎…」



「一応言っておくが、あんたにこの景色を見せたかったっていうのは、ウソじゃないぜ」

「ほかに誰も知らないというのは?」

「それは、本当だ」

「では、私と見たかったというのは?」

「それも、まあ本当だな」

「では………先ほどの言葉は?」


ニヤリ、と笑ったその表情に、一瞬だけ。一瞬だけ、目を取られた。





「さあな?」





今日見せられた笑みの中で、一番楽しそうでキレイな笑顔だった。



「答えろ、奈良シカマル!」



照れを隠すためなのか本音を隠すためなのか、怒鳴る。




「よぉーく考えれば、あんたならわかるぜ」




とても、とても楽しそうな口調で、言うから。
とても、とても楽しそうな表情で、笑うから。

なんだか、毒気が抜けてしまって。



「…考えて、わかるのか?」

少し、ふてくされながら問いかけた。

「ああ。わかる」
年下の男は、余裕の笑みを浮かべていて。それが、少し…ではなく、大分、悔しい。
「…」
「答えがわかったら、教えてくれ」
「気がむいたら、な」

悔し紛れにそう答えると、やっぱり男は楽しそうにニヤリと笑って。
つられて、ついつい私もニヤリ、と笑ってしまった。



「さて、そろそろ帰るか、テマリ。もう日も暮れる」



そう言って、また手をとられた。

なんとなく、その手の感触が気持ちよくて。
だから、なんとなくその手を振り払わずに、握り返したりなんかしてみたら。




先ほどまで余裕を浮かべていたヤツが、はとが豆鉄砲を食らったような顔をしていたので、少しだけ溜飲が下がった気がした。



「帰るか」



だから、さきほどのお返しに今度はこちらが余裕の笑みを浮かべてやると、男は少しだけ悔しそうな色を浮かべていた。



「ああ」







『好きだからだ』

その言葉は、嘘か真か。
謎掛けの答えは、今度会うときまでの宿題。

正答率は、2分の1。
根拠はないが、私の勘はその言葉は真と告げる。

だから、自分の勘を信じて今度会ったときに、言ってみよう。


『あの言葉、本当だったのだろう?』


もしも、男がうなずいたら、私はなんと答えるだろう?


それも、次に会うときまでの宿題だ。


とりあえず、今は。
この、年下の男の私より大きな手の心地よいぬくもりを感じながら、山を降りよう。そして、二人で肩を並べて帰ろう。



それは、そう悪くない時間のように思えた。
















今日は、4月1日。

ようするに、万愚節。
わかりやすくいえば、エープリル‐フール。

今日は、軽い嘘をついて人をかついでも許される日。





ただし、あまり知られていないけれどそれはその日の正午まで。



その事実を知っている人は、はたして何人いるのでしょう?











嘘か真か。そんなの、わかるだろう?



BACK