大切だけど束縛しない。
好きだけど干渉しない。
そばにいるけどいつでも離れることができる。






そんな関係






「おい」



書類を出しにシカマルを訪れると、広い執務室で書類の山に囲まれシカマルは一人黙々と仕事をこなしていた。
「なんだ?」
顔を上げず、ペンを走らせる手すら止めずにシカマルがこたえる。
「いいのか?」
「何が」
「今、いのが男と二人で飯食ってたぞ。かなり親しそうだった」
「で?」
あまりにもあっさりした返事に、サスケは一瞬言葉を失う。
「…気に、ならないのか?」
「…」
「いのが………ほかの男と二人きりで話したりして、楽しそうにしていたとしてもおまえは気にならないのか?」
「俺は…イヤだ。サクラが俺以外の男と話したり笑ったりしているのを見るのは、イヤだ。いつか…俺をおいてどこかへ行ってしまうのではないかと不安になる」
昔のサスケからは信じられないほどに素直に心情を吐露する。昔のサスケなら心の中でどれだけ思っても、口には出さないだろう。こんな、失うことを恐れる臆病な言葉は。
どう思って心のうちでこっそりと笑う。
「俺は……」
サスケの言葉に黙って耳を傾けていたが、書類には知らせていたペンを止めて口を開いた。
「別に、不安になんてならない」
シカマルの言葉に、サスケが眉をひそめた。
「なぜだ?そんなにあいつに好かれている自信があるのか」
「別に…」
問いに曖昧に答えると、サスケは眉をひそめたままシカマルのほうへ近づいてきた。

「教えてくれ。どうして、おまえはそんな風に思えるんだ?」
サスケが不安になる気持ちもわからないでもなかった。サクラは、もてるから。
「いのも、もてるだろう。なのに…なぜ不安にならないんだ?」
「別に、信じてるとかそういう問題じゃねだろ?信じるだけならおまえもサクラを信じてるだろうし。ただ、おまえがサクラを想う気持ちと俺がいのを想う気持ちが似て非なるものだから違うだけだ」
その言葉に、サスケは苛立ちを交えながらさらに問いかける。

「おまえは、いのを好きじゃないのか?」
確かに、今の俺の言葉はそうとも取れるな。
そう考えつつ、シカマルは口を開く。
「いや、スキだぜ?」
「では、何故」
「俺にとって、いのは恋人とかなんとか言う以前に幼馴染で…チョウジとは違う意味で…親友なんだよ」
サスケはますます眉をひそめる。
「俺にとって、恋人としてのいのよりも幼馴染としてのいのの方が大切なだけだ。だから、 別に不安にはならない」
その言葉に、わけがわからない、という顔をサスケがする。

「わかんねえか?」
問うと、微かに頷くのが見えた。
「たとえば、いのが他に好きな男ができたとする。そうなったら、あいつは俺とそいつの二股なんてかけずにきっぱり俺と別れるだろうな」
シカマルは、再び書類にペンを走らせる。
「俺も、別に深追いなんてしねえ。ただの幼馴染に戻ってそれで終わりだ」
サスケは淀みなく動くシカマルの右手を視線で追いかけた。
「あいつは良くも悪くもまっすぐで、正直だから自分を偽りながら俺と付き合うなんてこともしないだろう。だから、わだかまりものこらずにすっぱりと幼馴染に戻れる」
かさり、と書類をめくる音がした。

「俺といのは別れても繋がりは消えないけど、おまえとサクラの場合、別れたらそれきりだろうな」
シカマルの言葉が、はっきりとサスケの胸に刺さる。
「そんなことは…」
ない、と続けようとしたが、続けられなかった。
「今、おまえらはお互いのことを好きすぎてるんだよ。だから、もし別れるようなことになっても、心のどこかでくすぶり続ける。で、二人とも不器用なもんだからただの友達なんてもんには戻れねえんだよ」
シカマルが、ふと手を止めてサスケをまっすぐ見た。
「おまえは、だから不安になるんだろ?」
そのまっすぐな視線に、サスケは戸惑う。
「もし、サクラがほかの男を好きになったら、もし、別れるようなことになったら、繋がりがなくなっちまう。だから、怖いんだろ?」

シカマルの黒い双瞳が心までを見透かすようで、思わず視線をそらす。
「…おまえの言葉だと、いのと別れてもいいように聞こえるが?」
あえて自分のことには触れず、サスケがぼそりともらす。
「そう、聞こえたんならそうなんだろうな」
本気とも取れるような口調でシカマルが答える。
その言葉に驚き、反射的にシカマルへと視線を戻すが、その時には既にシカマルの視線は机上の書類へと戻っていた。

「…どういうことだ?」
サスケのつぶやきに、シカマルはペンを書類には知らせたまま、のどの奥でくつりと笑った。
「たとえどんな関係だったとしても、オレにとってのいのもいのにとってのオレも、変わらないんだよ」
その言葉は、サスケにはよく理解できなかった。
「だから、形にはこだわらないし束縛する気もない。オレは束縛するのもされるのもキライだからな」
ペンを走らせる手を止めて、書類をじっと眺める。
「大切だし、大事だと思っている。代わりのきかない“唯一”だと知っている。だが、オレたちはおまえたちほど互いに依存していない」
文章をじっくり読んで合点がいったのか、またペンを走らせていく。

「………」
シカマルがペンを走らせる音だけが室内に響き、その沈黙に耐えられなくなったサスケはゆっくりと、窓のほうへと近寄る。
仲良く談笑するサクラといのの姿が見えた。
「………」
サクラがふと顔を上げた。こちらに気づいて手を振ってくる。
それに頷くと、サスケはくるりと踵を返した。
「邪魔したな」
「気にするな」

その一言を残し、サスケは部屋から出て行った。
サクラの元へと向かうために。
彼女との繋がりが切れないように。










何故だか、今、無性にサクラの笑顔を見たかった。





それぞれの価値観と優先順位の違い



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