あの日の二人を思い出す。
幸せになってほしかった彼等。
でも、思い出してももう戻れないんだ。
すべては過去のこと。
今更何を言ってもすべては繰言でしかないのだから。
バラの花束
「コンバンワ」
珍しい客が来た。
「カカシじゃないか。…どうした、珍しいな」
「どうしたって…花屋に来る目的って言ったら決まっているでしょう、いのいちさん」
そう言ってヤツは笑った。
里の中でも外でも珍しい銀色の髪。
顔の大部分を隠した独特のスタイル。
里の内外に名を知られるこの超一流の忍をいのいちは彼がまだ幼いころから知っていた。
そう、彼が今は亡き四代目の弟子になったころから。
二人の正確な関係は知らないが、その絆の深さだけは一目瞭然だった。
いつでも大切に慈しむように、いとおしむように、少年を見ていた青年。
いつでも真っ直ぐにまぶしそうに、すべての想いをその眼差しに込めて、青年を見ていた少年。
それぞれの髪の色も合わせてまるで一対のようだ、とからかい混じりにシカクたちと言い合ったものだ。
今は青年となったあの少年の傍らにはかの青年によく似た金髪の少年がいる。
それが青年を失ったかつての少年の救いになればいいと思う。
「まあ、確かにそうだな。…で?どんな花が欲しいんだ」
問うと、にっこりと笑顔が返った来た。
「今、この店にある真紅のバラの花をすべてください」
「…バラ?」
「はい」
「…真紅の?」
「はい。品種にはこだわりませんからとにかく真っ赤なバラで」
「…何本?」
「だから、今この店にあるヤツ全部です」
「……………」
「いのいちさん?」
「……………わかった」
のろのろとバラの入ったバケツに近づく。
バケツの中にはまだ大量にバラの花が残っていた。
「カカシ」
「はい?」
呼ぶと、口元に微かに笑みをたたえながら近づいてきた。
その笑みは作ったものではなく思わずこぼれてしまったものに見えて少し目を見張った。
四代目の隣で笑っていた少年を思い出す。
ソレと同時に気づいた。
あんなに小さかったのに、もうこんなにでかくなってたのか。
視線がとても近い。
もしかしたらわずかにカカシのほうが背が高いのかもしれない。
その事実を今更ながらに思って驚いた。
はたけカカシという忍をとても信頼している。
何度か任務で組んだこともある。
安心して背中を任せることが出来る忍だと思う。
ここ数年の間オレが知っているのは“忍”としてのはたけカカシだった。
だが、今オレの目の前で微笑むカカシはただの青年に見えて、四代目の隣で笑っていた少年が成長したのが彼なのだと気づいた。
不思議なことに、今初めてそのことに気づいたかのように新鮮な気持ちでそう思った。
(…ああ、そうか)
今、カカシは心から微笑っているから、そう感じるのか。
四代目が死んでから初めて見る、心からの笑みだ。
彼に何があったのかは知らない。
だが、もう一度彼の笑顔を見ることが出来たのはいのいちにとっても思いがけず嬉しいことだった。
(何があったのかはわからんが、ふっきれたのかもな)
「いのいちさん?」
「ああ」
隣まで来たカカシがぼーっとしていたいのいちに声をかけた。
その声に我に返りいのいちも微かな笑みを浮かべる。
「バラ、こんなにあるんだが本当に全部持っていくのか?」
バケツにささった大量のバラを指差す。
今朝方仕入れたばかりのそれは、瑞々しく美しかった。
カカシは嬉しそうに笑った。
「もちろんです。…こんなにあるなんて、最高だ」
手を伸ばして滑らかなバラの花びらに指を沿わせる様は美しかった。
(…男のくせに)
一瞬、愛娘のいのよりも美しいと思ってしまったではないか。
「じゃあ、このバラを全部…花束にすればいいのか?」
「はい。…できれば、青いリボンをかけていただけますか?」
「青?もっと違う色のほうが…」
「いえ、青がいいんです」
「…わかった」
バラのバケツを抱えてカウンターに向かった。
「…どうしてこんなに大量のバラを、ってきいてもかまわないか?」
バラをバケツから取り出しながらさりげなく尋ねてみた。
「ああ、これは…」
そこでいったん言葉を切ってカカシがくすりと笑う。
今日はやけに笑うな、と思いながら横目でその笑みを見る。
「罰ゲームなんですよ」
「罰ゲーム?」
「はい。賭けに負けてしまったから」
「それで真っ赤なバラの花?」
「負けたほうが、相手に真っ赤なバラの花束を贈るっていう約束なんです」
恥ずかしいでしょう?
そう言いながらもカカシから伝わってくるのは楽しそうな雰囲気ばかりだ。
「…賭けの相手は、誰なんだ?」
「先生ですよ」
「…そうか」
彼のことを口にしても変わらずにカカシは微笑っていた。
その一瞬だけ切ない笑みを見た気がしたが、わからない。
ただ、以前の悲痛な面持ちではない。
それだけで、十分だ。
賭けの内容をきいてみようかと思ったが花束が完成したのできくのはやめておいた。
金額を告げる(さすがにこれだけの量があると結構な金額になった)と、カカシは何も言わずに金を払った。
どうぞ、と花束を渡すとありがとうございます、と受け取った。
花束を両腕に大事そうに抱えてもう一度ありがとうございますと言ってからカカシは店を出て行った。
いのいちはその背中が見えなくなるまで見送っていた。
その時ふとある歌を思い出した。
バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが
寂しかった僕の庭にバラが咲いた
あの歌は最後どうなるのだったか。
いのいちは思い出せなかったが、カカシの抱えた赤いバラが少しでも長く咲き続けていればいいと思った。
紅色のバラの花言葉:死ぬほど恋焦がれています
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