勿忘草 1





「かわいらしい花ですな」



花など桜くらいしか知らないのではないだろうか、と思わせるほど武辺で無骨な男が道端に咲いていた小さな花に目を留めたのが面白くてくすくす笑った。すねたように憮然とした顔をした男をいとしく思いながら政宗は言った。
「その花の名前、知ってるか?」
揶揄するような口調であったが、政宗が幸村へ向ける視線はただ優しく言葉にせずともいとおしさが溢れているようであった。

「いいえ。某はこういった方面にはとんと…」
眉を八の字にした情けない表情は幼く、とてもいくさばでの彼と同一人物には見えない。だが、政宗は幸村のこういった幼さ、純真さが好きだった。
「これはな」
幸村が摘み取った一輪の花にそっと手を伸ばし、花弁を撫でる。
その骨ばった手はそれでも美しく、その白さに幸村は一瞬目を奪われた。

「Forget-me-not…勿忘草だ」
「わすれな…ぐさ」
口の中でもう一度教えられた花の名前を繰り返してから、幸村はにっこり笑って手を伸ばした。
「政宗殿」
「What?」
幸村の無骨な、そして体温が高いためか常に熱い手がそっと青い花を政宗の髪に飾る。
「某を、忘れないで下され」
「…」

政宗の隻眼を捕らえる幸村の大きな二つの目。2つの年齢差のためか、幸村のほうが若干背が低く、ほんの少しだけ見上げる形になった。そのことに不満そうに、そして悔しそうに早く政宗殿の背に追いつきたいと言っていたのを思い出す。


「政宗殿。冬が去り、もう春です。雪はもう解けました」
「…」
「戦が、始まります」
政宗はいつも雪が奥州の民を苦しめる事を呪いながら、けれど雪が解ける事を恐れていた。
「武田も伊達も、戦に追われ忙しくなりますな」
「ああ。…次に会うのはいつだろうな」
「きっと、次に会うまでには某の背は政宗殿を抜かしますぞ。今でも、ほら、だいぶ視線が近くなったでござる!」
そう言って自分の背丈を政宗と比べるのがいかにも幼くて、年相応に見えて、政宗は胸がいっぱいになった。
「Ha!まだまだ俺の勝ちじゃねえか。…そう簡単に抜かされてたまるかよ」
政宗は笑った。
笑ったが、ついにこらえきれずに泣きそうに顔をゆがめ、目を伏せた。


「…約束を、覚えておりますか?」
政宗の頬に手を沿え、抱きしめたい衝動をこらえながら幸村がたずねた。
「…」
黙ったまま首を縦に振る政宗にそっと微笑み、言葉を重ねた。
「あの日から、某の思いは変わっておりませぬ。あの時、誓いました」

揺るがない強い瞳。そのまっすぐな志。すべてが政宗がこの上なく惹かれ焦がれたものであった。そして、その同じものを幸村は政宗に見ていた。どこまでも真っ直ぐに望みのために戦う姿に、竜を重ね惹かれていた。
「どれほど時がたとうとも、某は必ずや果たして見せます。ですから…」
幸村はもう一度笑い、政宗の髪に挿した青い花に触れた。
「その時まで、決して、某を忘れないで下され」










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