勿忘草 4
「勿忘草ですな」
何気なく見ていた花の名を突然当てられ、政宗は驚いて振り返った。
にこにことそこに立っていたのは見たことのない青年だった。整った、愛嬌のある顔立ちをしている。
「Yes, it’s forget-me-not」
青年からいやな感じはしなかった。どころか、人見知りの気のある政宗にしては珍しく好感さえ抱いていた。
「某の好きな花でござる」
古風な…古風すぎるともいう…物言いに驚き、けれど違和感は覚えなかった。
それよりも、穏やかに微笑みながらもどこか痛みと切なさ、そしていとおしさすら含む色を見せる彼が気にかかった。
「Ah-、…そうだな。俺も、この花は好きだ」
この男にはもっと明るい、そう、たとえるのなら真夏の太陽のような笑顔こそが似合いそうなものなのに。
「この花の言葉を知ってますか?」
「…」
政宗がうなずくのを見て、青年はそっと、祈りのようにその言葉を口にした。
「私を、忘れないで」
どこかで聞いたことのある言葉だ、と思った。
何か、とても大切なものを忘れている気がして焦燥感が背を這う。戸惑ったまま足元に視線を落とし、青い小さな花をじっと見詰めた。この花を、どうして自分は好きだったのか。
「某を、忘れないで下され」
どうか、思い出して。
その哀切な声音にはじかれたように顔を上げるとまっすぐな光をともした瞳が政宗をしっかりととらえていた。
(ああ、これか…)
焦燥が消える。その感覚を、政宗は19年間生きて一度も見たことがないはずの奥州の雪解けに似ていると思った。
政宗はもう一度視線を足元に戻し、しゃがみこむとsorryと小さくつぶやいてから青い花を手折った。
「この花のもうひとつの花言葉を知っているか?」
手を伸ばす。
「なあ、真田幸村」
青年が息を呑む。
「真実の愛、っつーんだぜ」
青年―幸村の髪にそっと青い花を挿し、政宗は笑った。
自分よりも少し高い位置にある幸村の顔が驚愕と歓喜にゆっくりゆがむ。
「賭けは、俺たちの勝ちだ」
全部、あんたにやるよ。
政宗がささやくと同時に幸村の腕が政宗を捕らえた。
「政宗殿…ッ」
言葉が出てこなかった。
幸村の涙が政宗の肩口をぬらすのを感じながら政宗もそっと幸村の胸に顔をうずめ、泣いた。
長い間の望みが、そして戦のないこの泰平の世ではほとんど唯一の二人の願いが叶った瞬間であった。夢のようであったが、夢ではない。その証拠にこんなにも胸が痛い。こんなにもあなたは暖かい。
幸村の髪の飾られた瑠璃色の小さな花が、風に揺れていた。
勿忘草:花言葉 私を忘れないで、真実の愛
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