・幸村×♀政宗
・伊達は武田に負け、政宗は幸村の妻にされる→二人は夫婦






雪が溶けたら





なあ、真田幸村。
俺はあんたに会えてよかったと思ってる。
あんたと出会って、宿敵を得て、結局俺は負けてあんたが勝ったけど。敵将である俺を殺さずに妻にと望んだあんたを殺したいほどに憎んだこともあったけど。
でも、なあ、真田幸村。
俺はあんたに会えてよかったと思ってる。嘘じゃないぜ?


女に生まれたことで俺は厄介な立場にあって、何度自分の性を恨んだかしれない。右目をと同時に女としての価値や母上の愛を失ったことも、父上が俺を溺愛するあまり跡継ぎに据えたことも、それらのことに悩み傷ついたことすらどうでもよくなるほどに、あんたとの出会いは鮮烈だった。あんたのことだ、単純に気づいてなかっただけなんだろうが、女である俺に何の容赦もなく斬りかかり、楽しげに笑い、挙句に宿敵と呼んでくれた。武田信玄の下で育ち、信玄公と謙信公が互いを宿敵と呼び認め合っているのを身近に見ているあんただから、あんたのいう宿敵は他の誰が言うそれよりも深く重いもんだろうよ。そのあんたが、俺を宿敵と呼んでくれた。俺が女と知ってからも、変わらずに宿敵と呼んでくれたのが、どれほど嬉しかったのかあんたにはわからないだろうな。女であるというだけで生きるのが不利なこの時代で、俺がどれほどの辛苦をなめてきたか、なんてことは言っても詮無いこと。今更繰言を言うつもりはない。俺が奥羽に覇を唱えてからも俺をただの女として扱おうとする輩はいくらでもいた。俺自身、ずっとそんな扱いを受けていたから心のどこかでしかたないと諦めてもいた。でもあんたは、性別なんて関係ナシに俺を見てくれただろ。ただ、ここにいる俺だけを。

だからこそ、俺はあんたが許せなかった。戦に負けた伊達軍への異例とも言えるほどの待遇のよさには感謝している。一般兵はともかく、小十郎や成実なんかは斬首にされても文句は言えないのに五体満足のまま奥州へ返してくれたこと、本当に、感謝している。けど、だけどな。あんたが俺に惚れているから殺せない、道を違える敵同士ではなく、妻となって同じ道を歩み、共に生きて欲しい、なんて言い出したときには正直、あんたに失望した。あんただけは俺を女と扱わないと思っていたから。それはもちろん俺の勝手な認識でしかないわけだが、それでも、俺はあんたに失望して絶望して、死にたいと思うと同時にあんたを殺したいほどに憎んだ。

でもなあ、真田幸村。憎み続けるには、あんたはあまりに純粋で真っ直ぐすぎた。あんたは無骨で武辺一倒のまさに絵に描いたように武士そのもののような男で、俺を口説くにも笑えるくらい真っ正直で、男女の駆け引きも打算も何もなかった。まあ、下心はあったみたいだがな。呆れるくらいに、あんたは優しかった。俺の名を呼ぶ声、触れる指先。そんな些細なところからすら、あんたの愛情が伝わってくる気がした。なあ、俺をそんなにも愛してくれる男の手を、どうして拒める?どうして拒み続けるようなことなんてできる?俺には、できなかった。だって、そんなにも真摯に俺を愛してくれる人は今までいなかったから。

駆け抜けるような速度で変化していくこの時代。時代は立ち止まるものを待っちゃくれない。織田信長が覇を唱えようとするこんな時代に女として生まれた俺を、時代も、誰も、待っちゃくれなかった。道はたくさんあっても、選ぶことすら、悩むことすら許してくれなかった。でも、あんただけはいつだって俺を待っていてくれた。急かすこともなく、ただ、そばにいてくれた。

なあ、真田幸村。
あんたと俺が夫婦になってから、もう一年が経つ。いや、まだ、と言うべきか。その間、あんたは毎日俺に好きだ、と言ってくれた。でも、俺はあんたに一度も言ったことなかったな。
なあ、真田幸村。
俺、あんたのこと好きだぜ。
もっとわかりやすく言ってやろうか。あんたのことを、愛してるって。
あんたは駆け引きも知らない無骨な馬鹿だが、それでも誰よりも真っ直ぐで真摯だ。打算も駆け引きも必要なものだし、実際、俺はそうやって生きてきた。でもな、人の心を本当に動かすのはあんたみたいな愚かしいほどの真摯な情なんだな。それを思い知らされた。あんたが一度でも俺を利用するようなそぶりを見せたのなら、俺は決してあんたを許さなかったし愛さなかっただろう。ただひたすらに、俺を愛してるって。そんなあんただから…俺は、愛したんだ。

ちょ、待てよ。そんな強くしがみつくな。泣くなよ。鼻水垂れてるぞ。まったく…しょうがないやつだな。
で、なんでこんな話をしたかって?それは…、まあ、けじめをつけたかったんだよ。
そんな顔すんなよ。謀反起こすつもりも自害するつもりもない。ずっと、あんたのそばで生きていくって決めたんだ。そばにいてくれるだろ?
そんなあからさまに嬉しそうな顔すんなよ。こっちが恥ずかしいだろうが。
愛してるって?そんなこと知ってる。俺も、あんたを愛してる。
だから、泣くなって。…なあ、幸村。予定は、来春だとよ。
くくっ、何言ってるかわかんない、って顔だな。来春…そうだな、奥羽の雪が溶けて遅い春が来る頃には、家族が増えて、あんたは父親だ。


なあ、旦那様。これからもよろしくな?








意地を張るのはもう終わり、ここから先は最後までおまえを信じるよ。



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