この想いは、恋ではない。
恋ではないが、時として恋以上に厄介な類のものであることだけは、確かだった。




恋ではないけれど




「よう」
やる気のない声に出迎えられて、私は木ノ葉の里の門をくぐった。何回目になるのか数えることすら億劫になる程度には、私はこの里を訪れている。


会えて嬉しい、などという感情はない。
でも、姿を見るとほっとする。


隣に並んで歩きながら、ちらりと男の横顔を見る。
この男はもともとそう笑う性質ではないが、私と一緒にいる時はさらに笑わない。
私が“笑うな”と言ったからだ。
楽しくもないのに笑うな、と。
だから、この男は私の前では作り笑いをしない。




『楽しいのか?』

『何が?』
男は、振り返って笑った。
『そんな、作り笑いを浮かべて…楽しいわけでもないのに、どうして笑う?』
一瞬、驚いた顔をしてから、面白そうな顔をした。
『驚いたな。…どうして、そう思う?』
『何が』
『どうして、作り笑いだと思う?』
そう言って、もう一度、先ほどと同じ笑いを浮かべた。
『…見れば、わかる』
『そうか?でも、指摘したのはあんたが初めてだぜ』
『ただ単に言わなかっただけじゃないのか?』
『あいつ等が、気づいていながら何も言わないわけがねぇだろ』
この男の回りにいるメンバーの顔を思い出す。
『…確かに、な』
『だろ?』
苦笑する気配。
その表情は、自然でこれは作ったものではないのだとわかった。
『とにかく…あたしの前では、作り笑いをするな。見ていると胸糞悪くなる』
『胸糞って…。わかったよ。あんたと二人のときは、表情を作らないようにする』


『どうして、作り笑いをするようになったんだ。初めて会ったころは、そんなことしてなかっただろう』
『どうしてって…ん〜…』
なぜだか、気になった。
無理をして笑っているように見えたから。
『笑えなく、なったからかな』
『?』
眉根を寄せて顔をしかめれば、シカマルは遠くに思いを馳せるように空を見た。
『あいつが死んで…すっげぇきつくって。なんかもう、必死で。どうしても許せなかったし、許す必要もなかったし。ただ、殺してやるって…あいつを殺したヤツラを絶対にこの手で殺してやるって。そればっかり考えてて…気がついたら、笑えなくなってた。でも、笑わないと…心配するヤツラがいるから』
そう言って少し困ったように眉を寄せる。
『笑えば、安心するみたいだったから』
男の言う“あいつ”が誰なのかはすぐにわかった。
だから、何も言わなかった。



それ以来、シカマルは私と一緒にいるときは表情を作ることをしなくなた。それは、作られた表情を見るよりもよっぽど気分がいいもので、だからこそたまに見せる笑った顔を気に入っている。
「あ、そうだ」
「どうした」
「これ」
「?」
渡された包みを見ると、私が以前読みたいと言っていた本が入っていた。
「どうして」
「このあいだ、古本屋で見つけたから。オレはもう読んだからあんたにやるよ」
「悪いな」

シカマルと私は意外に本の趣味が似ていて、そのおかげでこのような会話も珍しくない。
そして、本についての話をしているときのシカマルは生き生きして見えて以前それについて指摘したら苦笑していた。
『オレのダチでこーゆーの読むやつ、いねえんだよ』
シカマルの友人たちをざっと思い浮かべて、確かにいなさそうだと納得した。私のまわりにもいなかったので、互いにいい話し相手になった。

だから私はたいていの場合この里で任務に費やす以外のほとんどの時間をシカマルとすごす。
それは思いがけず居心地がよく楽しい時間ではあった。
シカマルの知識と思考の柔軟さは非常に興味深いものであったし、気取らない気楽さがよかった。いつからかシカマルは私を“女”としてではなく性別の関係ない“対等な者”として扱うようになっていたのも嬉しかった。口癖のような『女相手に〜』という言葉が好きではなかったからだ。
遠慮のない言葉のやり取りが心地よかった。

ただ、それだけの関係。

だから、二人でいるときに誰かが間に入っているのを不快に思うのも、シカマルが幼馴染の少女と親しげに話しているのを見るのが気に食わないのも、たまに里に訪れたときにシカマルがいないと物足りなく思うのも、決して恋ではない。

だが、この想いが恋以上に厄介なものであることだけは間違いなかった。










この想いの落ち着くところは結局は。





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