思い返せば
そう悪くない日々だった
楽しい思い出が
いっぱい
いっぱい
いつかオレはあの日のことを忘れてしまうかもしれないけど
楽しかった記憶はいつまでも残るから
それだけ覚えていれば、いい



こんな日もあった     Side:シカマル




「こんなところで寝てるなよ」

久しぶりの休日。
よく日の当たるオレの特等席。
雲を眺めていたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
目が覚めたら熊みたいな髭男がいた。

「…アスマー」

寝ぼけているわけではないけれど少し間の抜けた声で呼ぶと、軽く眉をひそめてから手を差し出してくれた。
よっ、と。
軽く掛け声をかけながらその手を支えにして体を起こす。
オレのよりも一回り以上大きな手を掴んだまま縁側に腰かけて手の持ち主を見上げた。
ちょうど夕日を背負うような場所にアスマは立っていて、短い黒い髪とか、がっしりとした肩幅とかが赤色に縁取られていた。
それがなんとなくまぶしくて少し目を細めた。
「こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
「…最初はあったかかったんだ」
「おまえ、いつから寝てたんだよ」
「…………」
「おい」
「2時、くらい…?」
「今、何時だと思ってやがる」
「…」
「5時だぞ、5時!おまえはどれだけ寝れば気が済むんだ」
「…たかが3時間じゃねえか」
「どうせ午前中ずっと寝てたんだろ」
「…」
はあ、と本気でため息を吐かれた。
この上、今日は10時に寝るつもりだったと言ったらなんと言われるだろうか。
ちょっと気になったけど予想はつくから言わなかった。
「それより、あんたどうしてここにいるんだよ」
ここは、オレの家だ。
なのにどうしてアスマがいるのだろうか。
まあ、想像はつくけれど。
「シカクさんにたまたま会って、一杯誘われたんだよ」
「…親父は?」
「途中でいのいちさんに会ってな。酒を持って先に家に行ってろだとさ」
「あっそ」
「あの様子じゃしばらく二人で話し込んでそうだからな、一局誘いにきたんだが…」
「…ちょっと待ってろ」
立ち上がって、縁側からすぐの部屋の隅に常備されている将棋セットを持って戻った。
カチャカチャと駒を並べる音と台所でお袋が何かを切っている音と時計の秒針の動く音。
この雰囲気は、割と好きだ。
なんつーか…すごく、あったかい感じがする。

パチリ

まずは歩兵を動かしながらそんなことを考えていた。

パチリ

駒を置いたときのこの音が好きだ。

パチリ

アスマはオレに勝ったことがない。
でもいつもやろう、と勝負を持ちかけてくる。
それで毎回負けている。

パチリ

オレはアスマに負けたことがない。
でもいつもやろう、と持ちかけられる勝負を受ける。
それで毎回勝っている。

パチリ

以前、いのに将棋のどこが楽しいのかわからない、と言われた。
チョウジもわからないと言っていた。
ネジとシノはやったことがないからわからないと言っていた。
でも、この二人はやれば結構強いと思う。
ナルトとキバはアホだから、やつらは将棋すら知らなかった。
教えてやるとジジくさそうな遊びだと言って笑った。
サクラにはうら若き乙女が興じる遊びじゃないと一蹴された。

パチリ

カカシさんなんかは強そうだ、と思う。
でも親しいわけじゃないし忙しい人だから誘えない。
ゲンマさんなんかも将棋できそうだな。
三代目とも一度やってみたかった。
親父とは何回かやったけど一度も勝てないもんだからすねてしまって最近では相手をしてくれない。

パチリ

だから、オレの将棋仲間はアスマだけだ。

パチリ

でも、アスマはどうなんだろう?
いつもオレに挑んでくるけどほかの人ともやるのだろうか?

パチリ

訊いてみよう。

パチリ

「…あんたさー」
「ん?」
「オレ以外に将棋の相手、いないわけ」
「…」
「…」
「いないわけじゃない」
「ふーん?」
「でも、おまえとやるのが一番楽しい」

パチリ

「おまえは?」
「は?」
「おまえは、オレ以外に将棋の相手、いないのか」
「………いない」
「シカクさんは?」
「負けるのがいやだからって相手してくれなくなった」
「ははっ、あの人らしいな」
「だから、あんたくらいしか将棋の相手いない」
「じゃあ、いいじゃねえか」
「何が」
「需要と供給が一致したな」

パチリ

そう言って笑うアスマが好きだと思う。
男同士だとか、師弟だとか、年の差だとか、そんなことどうでもよくなってしまう程度には好きだと思う。
猿飛アスマという男のことが。

パチリ

好きだ、と先に言ったのはアスマだった。
それから大分経ってからオレも好きだ、と言った。
思い出すのも恥ずかしい幸せな記憶だ。
面倒くさがりのオレたちに似合わず、面倒な恋をしている。

パチリ

自覚はあるけど逃げれない。
なんて厄介な代物なんだ。
恋、なんて。

パチッ

「…王手」
「なにィ!?…今のナシ!!」
「ほら、さっさと次やれよ」
「〜〜っ」
「…」
「…」
「…」


「オレの負けだよ!」

アスマが将棋盤とにらめっこして3分。
ようやく諦めたらしくやけくそ気味にアスマは叫んだ。
その様子がおかしくて笑うと、手を伸ばされた。
お袋は台所。
親父はいののおじさんと立ち話。
二人ともいつ現れるかわからないここはオレの家の居間に即した縁側。

それなのにアスマはオレに触れるだけのキスをした。

熱が顔に集まっていく。
にらんでやると、笑みが返ってきた。
アスマは懐からタバコを取り出し火をつける。
もう馴染んでしまったアスマの匂い。

「…知ってるか」
「?」
「タバコっていうのはな、吸ってる人間よりもそばにいる人間のほうが害がでかいんだよ」
「あー…」
「あんたのせいでオレが肺ガンになったらどうしてくれる」
「看病してやるよ」
「おい」
冗談だ。
そう言って笑うと、アスマはオレを見た。
「その時はその時考えればいいだろ」
なってもいねえ病の心配をするなんて無駄な話だろう。
肩をすくめて同意を示すとアスマは庭に視線を転じながらのどの奥で低く笑った。
オレもつられて庭を見る。
西の空は夕焼けの赤と夕闇の藍が交じり合った色をしていた。

「黄昏時…か」
誰そ彼
この色はなんとなく切なくてあまり好きではない。
でも、空が見せる表情はどんな瞬間も美しい。
「雲…」
「あー?」
「色がついてるな」
「ああ」
雲を眺めるのが好きだ。
オレが知らないような街から流されてきてオレが知らないような街へ流されていつかはなくなってしまう。
雲は、自由だ。
自分で行き先を選ぶことは出来なくとも、何者かに縛られることはない。
そんな雲を眺めるのが、好きだ。
「おまえ、雲見るの好きだよな」
「ああ」
「楽しいのか?」
「っつーか、落ち着く」
「おまえ、それ以上落ち着いてどうすんだよ。マジでジジイだぞ」
「あんただって人のこと言えるのかよ」
「おまえよりはマシさ」
アスマはうまそうにタバコをふかしている。
さっきは文句を言ったけど、この男がタバコを吸う仕草は好きだ。
「シカマル」
「何?」
「もし、オレが死んだら…」
「やめろよ」
そんな話、聞きたくない。
思い切りにらんでやると、思いのほか真剣な、でもやさしい瞳とぶつかった。
「いーから、聞けって」
手を伸ばされた。
髪をくしゃくしゃとなでられる。
珍しく結っていなかった髪が肩のあたりで跳ねた。
「もし、死んだらオレは雲になって流れておまえんとこまで流れて行くからよ」
おまえの一番好きな、青空に浮かぶ白い雲になって流れていく。
「…」
その声がとても優しかったから少し泣きそうになった。




「帰ったぞー」




能天気なオヤジの声が響かなかったらオレは泣いていたかもしれない。
「オレが雲になったら、おまえ、ちゃんと見つけろよ」
「…」
「な?」
「…50年くらい後の話なら、考えといてやる」
それで十分だ。
アスマは笑った。
オレはその笑い声にますます泣きたくなったけど、立ち上がって将棋セットを片付けた。
その間に親父が居間に入ってきた。
縁側に座っているアスマを見つけて声をかける。
オレは台所にお袋の手伝いをしに行った。





もし、死んだらオレは雲になって流れておまえんとこまで行くからよ





死ぬ話なんて、大嫌いだ。
アスマが死ぬことなんて、想像もしたくなかった。
忍として生きている以上その思いがどれだけ愚かしいものかはわかっていたけれど。

「バカヤロウ…」

小さく呟いた声は驚くほどたよりなかった。










たとえば
キスしたときにたまに顔に当たってしまうひげの感触だとか
すべてを包み込むように抱きしめてくれる大きな腕だとか
もうあんたのものになってしまっているタバコの匂いだとか
そんなさりげない感覚が
ぜんぶ
ぜんぶ
大切だった
失いたくなかった
愛していたよ









もう二度とは戻らないのだとしても



BACK