忘れないよ
大丈夫
これから先、何があってもこれだけは、忘れない


絶対に








「シカマル、またそれ見てるの?」
「…いの」
部屋でベッドに寝転んで何とはなしにジッポをいじっていると、聞きなれた幼馴染の声がした。仕方なく上体を起こすと、呆れた顔のいのがいた。
「勝手に人の部屋に入るなよ」
「おばさんがいいって言ってくれたわよ」
「…オレの部屋だろうが」
「いいじゃないの」
一応年頃の息子の部屋に一応年頃の女を入れるなよ。
そう思ったが、確かにオレといのじゃあどうにもならないこともわかっていたので、ため息をつくだけに留めた。
「シカマル、最近よくそれ見てるよね」
「…ああ」
手に馴染んだジッポはアスマの形見だ。決着をつけて以来、これがタバコに火をつけたのは、数えるほどしかない。使うのはアスマの墓に線香代わりのタバコを置くときくらいだから。
シュボ
もう、何回も繰り返した動作。ふたを開けて、火を見つめて、ふたを閉じる。意味なんかない。癖になってしまっているだけだ。
「…まだ、気にしてるの?」
あの時、何もできなかったことを。


『アスマーーーツ!!』


あの時、動ける場所にいたのはオレだけだった。
コテツさんとイズモさんは、捕らわれていて動けなかった。いのとチョウジは、アスマが倒れる瞬間をとても遠いところから視界に映したと言った。足がちぎれるかと思うくらい必至に駆けたけれど、間に合わなかったと唇をかんでうつむいていた。でも、オレはなんの制約もなかったのに、それなのに何もできなかった。
何度も、あの瞬間を夢に見ては飛び起きた。
何度も、後悔に苛まれた。
それでも、オレは前に進むと決めたから足踏みしていないつもりだ。気にしていないといえば嘘になるが、きっといのたちが思っているほどには囚われてはいないだろう。
「気にしてるっつーよりも、忘れられないだけだろ。っつーか、忘れるつもりもねえし」
「…」
「おまえらが気にしてるような意味じゃないから安心しろ」
そう言って笑ってやると、いのも少し困ったような顔で笑った。


『最後の一服を…』


オレが、このジッポでアイツの最後のタバコに火をつけた。手が震えそうになるのを無理やり押さえつけて、火をアイツに咥えさせたタバコに近づけた。手に感じた弱すぎる吐息。
「アスマのことは…」
「…」
オレを見るいのの真っ直ぐな視線を感じる。オレはわざと窓から空を見た。
「忘れるつもりはねえけど、囚われるつもりもない。多分、オレはおまえらが思ってるよりもずっとアスマのことが好きだったけど、あいつはオレのすべてではないからな」
「どういう意味?」
「アイツの後を追うような真似は間違ってもない、ってことだ」
「そんなこと…」
心配してないわよ、といのは口の中で呟いた。その声の弱さがその内情を如実にあらわしてはいるのだが、それ以上は言わなかった。
「…ねえ」
「あ?」
「シカマル、あたしたちが思ってるよりもずっとアスマ先生のことが好きだって言ったけど」
「ああ」
「どういう意味?」
苦笑が、口元に浮かぶのを感じた。どういう意味、と問われても説明の仕様がない。本当に、それだけでしかないのだから。
「言葉のままの意味だぜ」
「?」
「…すごく、大切で憧れてて尊敬してて、好きだった。あーいう忍になりたいと思ったし、あーいう大人になりたいと思ったし、あーいう男になりたいと思った。“好き”に意味なんてない。ただ大切だったんだ。…護りたかったよ」
それは、あの男が象徴するものであったり、共に過ごす時間であったり、思い出であったり、あの男自身であったりもした。
護れなかった自分が情けなくて、失ってしまった現実が許せなくて、取り戻せない時間が悔しくて、結局その思いを復讐という形で満たしてしまった。
(サスケのこと、とやかく言えねえな、これじゃ…。ま、言うつもりもねえけど)
“復讐は何も生まない”なんてよく言うけど、そんなこと当たり前だ。何かを生み出そうとして復讐するような愚かなやつ、どこにもいないんだから。それでも復讐せずにはいられないのは失ったもののためではなくこれから先も生き続けていく自分のためだ。ほかのヤツラが何を考えて復讐したがっているのか知らないが、少なくともオレはそうだ。死んだやつはそれ以上何もできない。だから、あれはアスマの仇を討つのではなくオレがけじめをつけるための復讐だった。それがどんな思いであれ、もう何かに囚われたくなかったから。断ち切るための、復讐だった。
「…愛してたの?」
「愛…?愛ねえ…、まあ、そう言えなくもないけど…」
「けど?」
「なんかしっくりこねえなぁ、うん。…やっぱり、“愛してた”んじゃなくて、“好き”なんだよ」
「…よくわかんないわ」
のどの奥で笑って、視線をいのに向けるとその声と同じように困惑したような色を浮かべていた。それ以上このことについて語るつもりはなかったから何も言わないでいると、諦めたようにため息をついた。
「…チョウジが、今日の夕方に任務から帰ってくるわ」
「?ああ」
「そうしたら、明日の朝3人でアスマ先生のお墓に行こっか」
「…ああ」
うなずくと、いのは随分大人っぽい表情で笑った。
そういえば、3人で集まるのはあの任務が終わって以来だと気がつく。オレたちが一緒に任務を行うことも随分と少なくなってしまった。それでも、絆は決して切れない。だから、これから先何があっても、こいつらのことだけは信じ続けることが出来る。
こいつら…第10班の仲間だけは、決してオレを裏切らないと知っているから。オレを、心から信頼してくれていると知っているから。



『オレたちが 第十班の チームだったことを 忘れないようにな!』



この耳を飾るピアスと共に贈られた言葉。
優しい、笑顔。
たばこの匂い。






わかってるよ、アスマ
忘れない
何があっても、絶対に
いのと、チョウジと、オレと、アスマが第十班の絆できっと永遠につながり続けていることだけは、何があっても忘れないよ
何もできなかったオレだけど、これだけは約束できる







好き。その言葉に、それ以上の意味もそれ以下の意味もない。ただ、それだけだ。




BACK