愛している、と伝えればよかったのだろうか。
死ぬな、と縋ればよかったのだろうか。

結局オレにできたことは、煙草に火をつけて最期の言葉を一言一句逃さずに聞き取ることだけだった。









「あー…」
「どうしたの?シカマル」
「…チョウジ」
「らしくない顔してるよ」
そう言って、ボクはチョウジの隣に座り込んでポテチを食べ始める。
「…夢、見てた」
シカマルは一瞬躊躇ったけれど、結局ゆっくりと口を開いた。
「夢?」
「ああ」
シカマルが、何度も繰り返し繰り返し…あの日のことを、夢に見ることは知っていた。
そして、そんなシカマルに何もして上げられない自分を知っていた。
「アスマが…冷たくなっていって…」
「…」
「オレは…一番近くにいたのに」
ボクは、何も言わなかった。何も言わずに、ポテチを食べるのとは逆の手でシカマルの頭を撫でた。
「…」
シカマルは、一瞬泣きそうな顔をして、でも泣かないことをボクは知っている。

ボクはシカマルの親友で、シカマルはほかの人には見せないような弱い部分も、ボクには見せてくれるけれど。
それでも、シカマルの心の一番奥には、入れない。そこに入れるのは、きっとアスマ先生だけ。
それがわかっているから、尚辛かった。



「なあ、チョウジ」
「…なに?」
シカマルが、そっと微笑む。
「10年後の今頃も…こうやって、一緒に空を見上げたりできればいいな」
「…」
驚いた。
シカマルが未来の話をするのを、初めてきいた。
幼いころには、あったかもしれない。でも、少なくとも…アスマ先生が死んでからは1度もなかった。
「うん…」
「オレが空見て、おまえがとなりでポテチでも食って…」
「うん」
「そんな未来が、あればいいよなぁ」
空を見上げて、シカマルは何を想うのだろう。
どうしてその横顔は泣き出しそうに見えるのだろう。
こんなに近くにいるのに。
手を伸ばせば届くのに。
シカマルは、いつも遠い。
昔は、もっと近かったのに。確かに、同じものを見ていたのに。



「オレさ…」
シカマルが、唐突に語りだした。
「強くなれるかな」
「なれるよ!」
考える前に、勝手に言い返していた。
「絶対、シカマルならなれる!誰よりも、強くなれる!!だって、ボクは知ってるよ。シカマルが、どれだけ頑張ってるか…」
どんな任務のときでも、シカマルは皆が生き残れる確立が最も高い作戦を考える。常に頭を働かせて、少しでも生き残れる確率が高くなるよう、考えている。そうして、自分はいつもぎりぎりまで無茶をするのだ。皆を生かすために。
シカマルのそういうところは、少しだけキライだ。
「でも…そのために、無茶をするのは違うからね。強いことと、自分を犠牲にすることは違う」
「チョウジ…」
シカマルは驚いた顔でボクを見て、それからふっと笑った。
「サンキュ」



草の上に寝転んだシカマルは、ポケットの中からジッポを取り出した。
「あ、それ…」
「…」
シカマルは何もいわずに手の中のジッポを陽にかざした。
「あいつの最期の時…」
口調は、驚くほどに穏やかだった。
「オレ、これでアイツの煙草に火つけたんだよな」
微笑みも、穏やかだった。
「あの時…火をつけながら、何を考えてたんだろうな。…どれだけ考えても、わかんねぇし思い出せねえ」
正直なところ、あのへんの記憶は曖昧なんだ。

ボクは、何と言えばいいのかわからなかった。
あのころのシカマルは立っているだけ精一杯だったのに、そんな素振りを見せずに誰よりも冷静に色々なことを考えていた。
だから、ボクもいのも何も考えずにシカマルに頼っていた。
シカマルがこんなに追い詰められていたことに気づけなかった自分が情けなくて、悔しい。
そして、ボクらにも何も言わなかったシカマルが恨めしい。
「シカマル…」
「何を、考えてたんだろうな」
そっと瞳を閉じて、シカマルはつぶやいた。




すぐに、穏やかな寝息が聞こえてきた。
銀のジッポを固く握り締めたまま、昔と同じように無邪気に眠る幼馴染。
遠い昔の記憶にかさなるこの光景に、それでも胸が痛かった。
「シカマル…」

昔から、シカマルは大人びていた。
ボクは、シカマルのことを大人だと思っていた。
いつも落ち着いていて、色々なものをちゃんと見ていて、自分で物事を考えて。
でも、違った。
あのころのシカマルは、大人っぽいだけのただの子どもだった。
「でも…」
アスマ先生の死をきっかけにして、今度こそシカマルは大人になってしまった。

ボクはいののことが好きだけど、それでもシカマルを見ているとなんだか違う気がする。
ずっと近くにいた大切な幼馴染に対する独占欲を恋だと勘違いしていたのかもしれない。
だって、静かでいながらもこんなに激しい、相手のすべてを求めて受け入れるような想いをボクはまだ知らない。
いつか、知る日が来るのかもしれないし来ないのかもしれない。
考えてもわからないし、正直なところボク自身はどうでもいい。
ただ、シカマルはもう二度とこんな風に誰かを愛することはできないのだろうと思って哀しくなった。





浮かんだ涙をごまかすために見上げた空は、どこまでも青い、シカマルの大好きな色をしていた。









大切な幼馴染、何もしてやれない自分、逝ってしまったその人



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