声
大切で、大切でしかたなかった
それは、あの子が望むような想いの形ではなかったのかもしれないけれど
それでも、大切で大切で
誰よりも、誰よりも守りたかった
あの子は、大好きな大好きなあの人が残した忘れ形見の子供だから
オレに希望を与えてくれた光の塊だから
夢を、見ていたかったから
「ナルト…」
真っ白なシーツに横たわった、真っ白な包帯に包まれた金髪の子供を見下ろした。
いつも生気に満ちてキラキラと輝いている青い瞳がまぶたに隠れている。
「ナルト…」
もう一度、名前をつぶやいた。
眠っている少年は、応えない。
誰よりも、守りたいと、笑っていてほしいと、心のそこからその幸せを願っていた
オレが唯一心から愛したあの人と酷似したこの少年の幸せを、祈りにも似た想いで願っていた
もう見ることはかなわないあの人の笑顔のかわりに、この少年の笑顔を
かつて、心から守りたいと想った人のかわりに、この少年を守りたいと
エゴでしかないけれど、心から想った
ただ、笑っていてほしかったから
体中に巻かれた包帯が痛々しい。
そっと、頬に指を滑らせた。包帯越しに伝わる少年の、体温。その暖かさに、胸が痛くなる。失っていたかもしれないもの。失わずにすんだかけがえのないもの。
「………」
12年前、抱きしめたあの人のからだの冷たさを今でも覚えている。
それは、忘れられない恐怖の記憶。
「…ゴメンな………」
唇から、その言葉が滑り落ちた。何に謝っているのか、自分でもわからなかった。それでも、言葉は唇をついて零れ落ちる。
「ゴメン…」
守ってやれなくてゴメン?
間に合わなくてゴメン?
サスケを止められなくてゴメン?
何もできなくてゴメン?
わからないことだらけだけれど、でも、ひとつだけわかっていることがあった。
自分は、また、大切な人を守れなかったのだ。
恋ではなく、愛ですらない
その想いをなんと言えばいいのかわからないけれど
ただただ、その幸せを願う
その行く先に光があふれることを、ただただ祈る
「ん……」
閉じられたナルトの瞳から、涙が一筋流れ落ちる。涙はほほを伝い、シーツに落ちる前に包帯に吸い取られた。
「――――」
唇が、サスケ、とつぶやいた。
胸が、またズキリと痛む。
閉じられた瞳から再び涙がすーと滑り落ちる。
「……」
今度は、包帯に吸い取られる前に手を伸ばし、指でその涙をすくった。
黒髪の教え子が、脳裏によみがえる。
「………サスケ」
もう、この里にはいない少年を、想った。
うちはの血を引く少年
力を欲し、憎しみに心をゆがめ、復讐のために里を捨てた
彼にもまた、幸せになってほしかった
敬愛していた兄により、両親を…一族を、一夜にして失った幼い少年は、心に復讐を誓った
静かに、その心を憎しみと狂気に染めていった
誰にも、気付かれないままに
どうして気付いてやれなかったのだろう
自責の念ばかりが、胸を焼く
目を、どうして背けてしまったのだろう
もっと、まっすぐ見てやればよかった
サスケを、ナルトを
どうして、取るに足らないこの胸の痛みばかりに気を向けてしまったのだろう
あの人がいなくなって、もう12年もたつのだから、いい加減なれろ
隣に、あの人がいないということに
この世界のどこにもあの人がいないのだという事実に
「ん―――」
耳に届いた小さな声に、はっと意識を思考の渦から戻し、包帯に包まれた少年を見る。
「……?…………!!」
目をゆっくりと開いた少年は、急いで起き上がろうとするが体に走った痛みに顔をゆがめ、再びシーツに倒れこんだ。
「ナルト」
声をかけると、金髪の少年は青い瞳をこちらに向けた。
「カカシ先生…」
そっと手を伸ばして、やわらかい金髪に触れた。
「………」
無言で、その髪を梳く。
「先生…?」
不思議そうに、ナルトが俺の顔を見上げる。
「………」
ねえ、胸が痛い
苦しくてたまらない
いろいろな感情が渦巻いていて、どうすればいいのかわからない
ねえ、先生
助けて
あなたの声がききたい
オレを呼ぶ、あなたの声が
それだけできっとオレは何度でも立ち上がれる
何度でも戦える
何度でも…
どれだけ辛くて苦しくて泣きたくなっても
暖かくて優しい
あの声を、もう一度ききたい…
「……また、来るよ」
それだけ言って、ナルトが口を開く前に病室から出た。
パタン……
扉を閉める音がした。
扉の向こうでナルトがオレを呼ぶ声がするが、振り向くことはできない。
廊下に出て、壁に背を預けてずるずるとその場にしゃがみこんだ。
額に手を当て、この苦しさが落ち着くのを待つ。
(先生……………先生……)
廊下を通る人たちが、不思議そうにオレを眺めていく。
それを感じながらも、顔を上げることができなかった。
体が震えるのを感じた。手をぎゅっと握りこみ、暖めるようにして震えを押さえる。
「大丈夫…。まだ、戦える」
この心が傷ついても、まだ、大切な人たちのために、愛しい教え子たちのために、あなたが命を賭して守ったこの木ノ葉のために。
「まだ、俺は戦える。……大丈夫」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、立ち上がり、ゆっくりと教え子のいる病室から離れていった。
大丈夫
まだ、前に進める
今、ここで立ち止まるわけにはいかない
この命をかけてでも守らなければならないものがあるから
一度、立ち止まってしまえばもう二度と前に進めなくなる
あの時とは違う、今度は背中を押してくれる人も一緒に歩いてくれる人もいない
だから、立ち止まってはいけない
先生、先生
あなたが愛した木ノ葉の里は
あなたが息絶えるその瞬間まで案じていた子供は
俺が、この命に懸けて守るから
俺の、この力が及ぶ限り守り続けるから
だから
見守っていてください
誰もが懸命にもがいている。キミも、彼も、オレも。
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