『カカシ、こういうのスキでしょ』
そう言って渡された輪投げの景品。ちゃちな玻璃の風鈴。
でも、どんな風鈴よりも澄んだ音を聞かせてくれるオレの宝物。
いつまでたっても忘れられない色あせない夏の思い出の置き土産。
夏の間ずっと優しく軽やかな音を奏でてくれていたちゃちな風鈴を、毎年その日の夕暮れに片付ける。
そのことに深い意味はないのだけれどもうずっとそうしているしこれからもそうするのだろう。
毎年その日はあの人のことを強く想わずにいられないから、あの人のことを想いながらあの人からもらった玻璃の風鈴を片付ける。
その日には、幸せな思い出がたくさんあるから。
あの人が笑っていたから。
嬉しそうに、楽しそうに。
そばにいてくれたから。
『誕生日、おめでとう』
毎年欠かさずにそう言ってくれた。
だから、この日にはあの人のことを思い出さずにはいられない。
あの人がいなくなって何年経とうともこの日は…誕生日には、あの人のことを思い出さずにはいられない。
だから、この日にオレはあの思い出のつまった玻璃の風鈴を片付ける。
それはひどく未練がましいように見えるかもしれない。
でもオレは幸せだと思う。
今年もここにいられること。
あの人のことをこんなにも鮮やかに思い出せる自分。
澄んだ音を奏でる風鈴が夕陽に照らされ美しく見えること。
気がつけば笑みを浮かべている。
とても、幸せだと思う。
「今年も、お疲れ様」
ぼろぼろになって変色した箱に丁寧に風鈴をしまって、ふたを指でなぞりながらささやいた。
『気に入った?』
『じゃあ、あげるね』
あのときの満足げな笑みを何度でも思い出す。
きっとこれからも、思い出す。
この風鈴を見るたびに。
あの笑顔を、思い出せる。
あの人を思い出してもこの胸は前ほどには痛まない。
ただ、優しい穏やかな想いと限りない感謝の念が浮かぶだけだ。
「ありがとう――」
チリィ リリーン
風鈴はあの夏と変わらず風に揺れて軽やかに奏で続ける。
あの人と過ごした最後の夏と変わらずに奏で続ける。
(この音が――)
「あなたにも届けばいい」
届くはずがないと知っている。
でも、そう願わずにはいられない。
――カカシ
今でも、声が、聞こえるから。
* * *
「ほら、ここにつるしておこう」
祭りが終わって、先生と一緒にオレのうちに帰った。
先生はよくオレのうちに泊まる。ちゃんと自分の家を持っているくせに、オレの家にくる。口には出さないけれどそれがちょっと嬉しい。あの人はソファに寝そべって「カカシ君の家は居心地がいいんだよね〜」と言って機嫌のいい猫みたいに笑う。その表情が好きだったから「しょうがないですね」なんて言ってため息をつきながらオレはあの人を受け入れてご飯をつくって順番に風呂にはいって同じ部屋の同じベッドで並んで寝る。並んで眠るだけ。それだけでオレは満足していた。幸せな、瞬間だった。
「この場所は、風がよく通るだろう?」
そう言ってわくわくした表情で笑う姿は小さな子供となんら変わりはなかった。
「ええ、そうですね」
こんなに穏やかなやさしい時間が存在することが嬉しくて、オレは笑った。
「ここに、しましょう」
嬉しそうに笑って先生はその場所に買ったばかりの玻璃の風鈴をつるした。
窓を開けると折りよく風が吹き込んできた。
チリーン…
ひどく切ない余韻を残してその風鈴は産声を上げた。
なんとなく胸にぐっときた。
その音はひどく澄んでいて、驚くほどよく心に響いた。
先生はその音を聞いて自慢げな顔でオレを見た。
オレたちはその音の余韻の残る部屋でキスをした。
リーン…
二回目に風鈴が揺れたとき、オレたちは身体を離して互いを見つめて少し笑った。
「ほら、オレの言ったとおりだ。ここは風がよく通る」
「ええ。…いい音ですね」
チ、リィン…
三回目に鳴ったとき、先生が言った。
「愛しているよ」
その言葉に、オレはうなずいた。
「知ってます」
「カカシは?」
「オレも…あなたが好きです」
先生はひどく幸福そうに微笑んだ。
「うん。知ってるよ」
* * *
あの夏の日から毎年この場所に風鈴を飾る。
風鈴の音色は昔から今も変わらない。
今でもひどく澄んだ音でオレの胸に響き続ける。
二人で過ごした最後の夏の思い出。
あの日は遠くなっていくけれど、変わらずに夏にはこの場所で澄んだ音を聞かせてくれる玻璃の風鈴。
この音を聞いて涙を流すことも胸を痛めることも今はもうない。
思いが薄れたのだろうか?
記憶が遠くなったのだろうか?
いや、そのどちらでもなく見つめることが出来るようになったのだと思う。
受け入れることが出来るようになったのだと思う。
ここにいる、自分を。
あなたがいない、現実を。
希望を見出すことの出来る、今を。
それはとても幸せなことなのだろう。
「来年もよろしく、な」
箱を丁寧に引き出しの奥にしまいこんだ。
来年の夏まで出されることはないのだろう。
でも、確実に来年の夏にまたこの場所であの軽やかな澄んだ音を奏でるのだろう。
あの風鈴を初めて手にしたときオレはまだ少年だった。
でも、いつの間にか時はすぎてゆき、今のオレは大人と呼ばれる年齢だ。
あの人と過ごしたより多くの夏をこの風鈴とともに一人で過ごしている。
「いつもありがとう」
閉じた引き出しにそっと手を添えてつぶやいた。
遠い夏の記憶。
つないだ手の暖かさ、あなたのくれた笑顔の輝き、高鳴る胸の鼓動。
全部、忘れない。
何一つ、こぼさずに覚えている。
あの人と過ごした最後の夏、オレは幸せだった。
あの夏はもう二度と巡ってこないけれど。
きっと来年の夏にも軽やかな音を聞かせてくれる。
カカシ先生誕生日小説のつもり。
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