こひねがはくはのぞむもの 弐





「よく晴れましたな!」
「…今朝まで雨が降ってたのにあんたが来たとたんに止んだな」
どんだけ晴れ男なんだよ。
可笑しそうに揶揄を含んだ声音で告げる政宗に笑いかけながら、幸村は政宗の隣で空を見上げる。
「見てくだされ、政宗殿。天の川ですぞ!」
「ああ、Milky Wayな」
「みる…なんでござるか?」
「Milky Way。乳の川。南蛮語で天の川のことだ」
「ち、乳の川とは…破廉恥でござる!!」
顔を赤くして叫ぶ幸村にあきれた視線を投げかけながら政宗は酒をあおる。
とりとめのない会話が楽しかった。心が弾むのは相手がこの男だからだろうか。数多の星を数えようとじっと空を見ている男の横顔を見て、こっそり笑った。

「Hey,数えれたか?」
無理だろうけど。そんな呟きを隠したまま揶揄するように笑えば、幸村は眉を八の字型に垂らして情けなく首を振った。
「26までは数えまいたが…どの星を数え、どの星を数えていなかったのかわからなくなり、断念いたしまいた」
「Ha!星を数えるなんて無理に決まってるだろ。それより、満足したなら俺の相手しろよ。おまえも、飲め」
銚子を掲げるようにもって見せれば、半分ほど猪口に残っていた酒を飲み干し、空になったそれを差し出される。
「頂戴いたす」
とぷとぷと、一杯になるまで注いでやるとこぼさぬように慎重に口元に運び、また、一気に飲み干した。潔い飲みっぷりが見ていて気持ちいい。
「いい酒でござるな」
口元に伝うわずかな雫をぬぐうしぐさが妙に男らしくて、なんとなく目をそらす。普段は犬ころみたいに無邪気で幼いというのに、この男はたまにやたら男前に見える瞬間があるから困る。不意打ち、というやつは心臓によくない。

「…」
黙ったまま幸村の猪口に再び酒を注ぐ。
「政宗殿…某ばかり飲んでいても面白くはありませぬ。政宗殿も、一緒に酔うて下され」
「…Okay、もらおうか」
わずかに残っていた酒を飲み干し、猪口を差し出せば満面の笑みで酒を注がれた。幸村が銚子を置き猪口を手にとるのを待ち、視線を絡めてから同時に飲み干す。

(やばいな…)
一気に飲んだのがきいたのかもしれない。顔が火照る。頭がくらくらする。
政宗はあまり酒に強くない。意外なことに幸村のほうが強いのだ。幸村のために時間を空けようと数日分の執務を前もって片付けたために疲れてもいるのも原因かもしれない。疲れているときというのは、酒がまわりやすいものだ。
(Shit!せっかく幸村がいるのに…)
この調子でのんで酔いつぶれてしまってはつまらない、と空になった猪口を手にしたままどうしたものか、と考える。

ふと視線を感じて隣を見れば、酒の酔いなどまったく感じさせない表情の幸村が政宗をじっと見ていた。
「Hey、幸村。どうした?」
不思議そうに首を傾げれば、ことり、と猪口を置いた幸村の手が政宗のほのかに色づいた頬へと伸びる。
「政宗殿…」
低く名を呼ばれ、今度は酔いばかりではなく政宗の頬が染まる。
(この声は反則…だろ)
幸村は政宗のそんな反応に気づいているのかいないのか、するりと指を滑らせ、そのまま頬を包み込むように愛撫する。
「んッ…」
ぴくり、と政宗の肩が跳ねるとそれすらもいとおしいというかのようにそっと微笑む。
「もう、酔うておられますな」
「Shut up!俺はまだ…」
酔っていない。そんな意味のない抗議は口付けにさえぎられ、どうでもよくなった。

「っは…、ん…ぅ」
ちゅ、と軽い音を立てて唇が離れると、政宗は恥ずかしさを誤魔化すためか、口付けに翻弄された悔しさをぶつけてか、幸村をにらみつける。
「馬鹿」
「申し訳ござりませぬ」
全然そう思っていないだろうにやけきった表情。
「されど、政宗殿の美しくも愛らしいお姿に我慢など…とうてい無理でござりましょう」
悪びれた様子もなくそう言われてしまえば、いつまでも怒っているのが馬鹿らしくなってくる。そもそも、怒ってはいないのだ。ただ、ちょっと、かなり、吃驚しただけで。そう、幸村にキスされるのは決していやではない。むしろ、嬉しいとすら思う。絶対に言ってはやらないけれど。
「You’re a fool…」
つぶやいた言葉は存外に甘く響いた。

「政宗殿」
幸村が微笑み、もう一度、今度はゆっくり顔をよせられる。
「ん、ゆき…」
そっと、優しく降る口付けにうっとりとまぶたを伏せる。未だ手にしていた猪口を取り上げられ、ことり、小さな音を立て床に置かれるのをどこか遠くに聞きながら幸村の背に両腕を回し口付けと抱擁の心地よさに身をゆだねる。
「ふぁ…、ん…ッ…」
上等な酒の味のする口付けは、しかし、この上もなく甘く優しかった。



 



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