こひねがはくはのぞむもの 肆





ずるい、と思った。
幸村の目はどこまでもまっすぐで、曇りなどいっぺんも見当たらなくて。
どこまでも純粋に、そして残酷に政宗を求めてやまないのだ。
政宗の怯えも虚勢もそうと知らないままに見抜き、突き崩す目。
(厄介な相手につかまっちまった)
逃げたいとすら思わせてくれないのだからこれ以上に厄介なものはないだろう。


「幸村」
名を呼び手を伸ばす。幸村は身じろぐこともなく、政宗を見つめたままその手を受け入れる。
「ひどい男だな、あんた」
頬を撫でれば心地よさそうに目元を和らげる。真剣な顔をしていれば精悍な面立ちが際立って一人前の男の顔になるけれど少し微笑めば幼さが顔を出す。出会ったころに比べてずいぶん大人びた恋人の、けれどまだ幼い部分を見つけてたまらないいとおしさを感じる。未だ大人になりきらない青年と少年の狭間にいるような恋人は時に大人の顔で子どものような我侭を告げる。
どこまでも貪欲に自分を求める恋人が嬉しくて、そして少しだけ怖い。
恨み言は思いがけず甘く響いた。

「俺は神も仏も信じちゃいないが、言霊は信じている」
「言霊…ですか?」
唐突ともいえる政宗の言葉に幸村が首をかしげる。そのしぐさが思いがけずかわいらしくて、こっそり笑う。幸村は政宗に子ども扱いされるのを嫌がるが、政宗にしてみればそんな年下の恋人がいとしくてしょうがない。
「そう、言霊。言葉には霊が宿り力が宿る。だから誓いには意味がある」
なにを言いたいのかわからず、幸村は困ったような顔をした。政宗はそれに気づいているのかいないのか、気にかけるそぶりも見せずに身を乗り出して幸村にしなだれかかった。
「ま、政宗殿…!?」
「俺だって、あんたが欲しいしあんたのものになりたい。俺があんたを求める気持ちはあんたのそれに負けていないつもりだ。でもな、俺はそれでも“奥州筆頭”なんだ。たとえ口先だけであろうと、あんたに全部をあげられない。あんたは足りないと言うが、俺だって足りない。だが、あげられるものはもう全部あんたにやった。あんたが与えられるものは全部もらった。これ以上、なにを望めというんだ?これ以上、なにを求めろというんだ?」
なあ、真田幸村?
間近で顔をのぞきこんで笑いかければ、途端に顔を赤くする。そのくせ腰にまわした手の力を緩めるそぶりは少しも見せないのだ。

「それでもあんたは足りないって言う。だったら、今の俺にはもう差し出せるものはないけれど、せめて誓ってやるよ」
求められるのは悪くない。たまに真っ直ぐすぎて怖くなることもあるけれど、この男に食らわれるのならそれすらも悪くないと思う自分がいる。


「今生だけじゃない。死してまでも俺はあんたを想ってやる。そして、死んだら全部あんたにやるよ。死んで、俺が奥州筆頭じゃなくてただの伊達政宗になったのなら、余すところなく全部あんたに与えてやる」
その瞬間を想像して、政宗はうっとりと微笑んだ。
「空に降る千の雪になって、あんたの上に降り積もってやる。そして、あんたの魂に寄り添ってやるよ」
たとえ、どちらが先に死んだとしても。
この魂の寄る辺は他のどこでもない、幸村のもとにある。
この国を愛し、奥州に生きるすべてのものを愛し、命を賭してでも守る覚悟は常にある。だが、この誓いは。
「だから…ちゃんと、俺を捕まえてくれよ?」
魂を賭して果たすものであり、ほかの誰にも穢されない至上のものであるのだ。


らしくないことを言っている。
自覚ならあった。けれど、どこまでも素直に心情を吐露する幸村にほだされたのかもしれない。いつもなら異国の言葉や幸村には理解できないであろう和歌や漢詩を使って伝える思いを、幸村にもわかる言葉で伝えたかった。餓えた獣のような獰猛な目で、灼かれそうなほどに見つめられ、身体が震えた。そんなにも…強く、激しく自分を求めてくれることが嬉しかった。そんな幸村を、政宗も誰よりも愛していた。
素直な言葉で相手を求めるのは怖かった。けれど、政宗の言葉に幸村は獣の瞳のまま、この上なく嬉しそうに笑うのだ。そんな表情をされてしまえばわずかに残る羞恥などどうでもよくって、ただ愛しさだけが残った。

「すべて…」
頬に添えられた政宗の手をとり、指先に口付けながら幸村は花開くように笑って見せた。
「すべてこの身にかき集め、余すことなくこの腕に閉じ込めましょう」
手の甲に口付け、手首に口付け、手のひらに口付ける。
その感触がくすぐったくて気恥ずかしくて身をよじり手を引こうとするけれど、しっかり握られてしまえば逃げることすらままならない。
「たとえどんな小さな欠片であろうとも、決してそなたの心を取りこぼしたりなどは致しませぬ。すべて、何一つ残さずに某のものにいたしまする」

強く腕を引かれ、幸村の腕の中に政宗はいとも容易く納まった。
「幸村?」
「政宗殿」
「んッ…」
どうしたのだろうと訝しげに名前を呼べば耳元でささやかれ、ぴくりと身体が震えた。
「かくも愛しき某の竜殿に、某からも誓いを一つ」
幸村がそっと笑う。吐息が首筋にあたり、くすぐったさとわずかな快感に政宗は身をよじった。
「Oath?…言ってみろよ、honey boy」
熱い吐息に乗せて挑発するように言えば、首筋に軽く触れる唇の感触。

「願わくは」
ゆっくりと、一言ずつ噛み締めるように。
「天に在りては比翼の鳥」

長恨歌だ。
政宗にはすぐにわかった。誰でも知っている有名すぎる漢詩。けれど幸村がまさかそんなものを知っているとは思わなくて、思いがけなさに目を見張る。

「願わくは」
幸村の背に腕をまわして力をこめた政宗に応えるように幸村も政宗の腰に回した手に力を込める。
「地に在りては連理の枝、ならん」


このことばはあまりに有名で、思いを託すにはあまりにベタだ。
けれど。
終わりのない愛を誓うのにこれ以上のことばはあるだろうか。
500年も昔から変わらない、永遠の愛のことば。


顔を隠すようにして幸村の肩口に顔を埋め、縋りつく。
苦しい、と思った。
いつか、幸村の与えてくれる愛と幸福におぼれて窒息してしまいそうだった。






 



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